住まい・インテリア

2016年7月30日 (土)

余命1年日記 -1- .余命宣告まで         (7月第4週 2016 07 29)

今回以降は、真面目な話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長くてあと1年でしょう」と、医者がいう。
 
 
 
 
 
 
 
 

戦前から建っているこの病院は、   

六甲山へ続く急な坂に抱かれて、

しあわせそうに太陽のひかりを浴びている。

外壁のスクラッチタイルがやわらかく茶色い。

 

 

 

しかし、我々がいる「相談室」は、

陽が入らず、空調が効いていて涼しい。

 

 

 

 

室内の壁と天井はしっくい。           

天井との境目にうすくモールを廻している。

壁の下半分には、

子どもの背丈ほどの木の腰壁があり、

うんと濃く茶色に光って

分厚くニスが塗られている。       

 

 

 

昭和の匂いがする。

 

 

 

そんな風景の中で、            

冒頭の「余命宣告」を言われたのだ。 

 

 

「ほんまににこんな台詞言うんやな。」 

 

 

まずは、そんな陳腐ことを思った。

 

目の前には、

2ヶ月ほど前に救急搬送された時以来

お世話になっている内科のF先生が     

なんだかまぶしそうな目付きで座っている。 

 

 

このF先生が私の主治医である。 
F先生は、体こそ大柄だし、
丸顔に髭などをたくさん蓄えて
ワイルドな顔つきをしているが、   
いつも、まぶしそうな顔をしている。 
 
 

 

大きくなって 座敷に上げてもらえなくなった

さみしそうな大型犬のようだ。

 

さらにもう一人S先生という人がいて、

F先生の指導医だった人だという。

この2人が、

埒の明かない私の病気や今後の治療について、

説明してくれるというので、

父とふたりでこの「相談室」にやって来た。 

 

 

この4人と、記録係の看護師が、      
「病室」ではできない話をするために
つくられた「相談室」という部屋に入る。
 
 
 
 
 
 
 
しかし、ほんとうにこんな部屋のなかで、 
「あなたは、もう・・・」          
みたいな話をするんだ・・・
 
 
 
 
 
細長い、それでも10畳はあるだろう、   
だから天井だけ高いこの部屋は、
実際以上に寒々しい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
40年ほど前、母がガンにかかった。
 
 
その知らせを家に帰ってから庭で聞いた母は、

 
両手で顔をおおって声をあげ、      
近くにいた 父に駆け寄って胸の中で泣いた。

彼女が、そんな風に感情を顕わにするのを

見たのは、初めてで最後だった。

 

 

 

ところがいざ、「あんた、あと1年です。」  

と言われた時に、

私はさほど驚かなかったんだ。

こうやって「宣告」から1日たたないうちに  

文章を 起こし始めてしまうくらい

平静なのだ。 

 

 

なんだ?まるで他人事じゃないか。

 

決して死に対してドライである

というわけではなく            

達観していたわけでは更にない。     

「無常感」のようなかっこいいものは、

まったく持っていない。

 

 

 

それにしても、心が波立たないな。

 

しかし、今回の「余命1年日記」は

「余命宣告から死に至るまで」を、

リアルタイムで記録していくつもりなので、 

早速来週あたり、死の恐怖で眠れない不安を

訴えているかもしれない。

こんなにも不感症の自分の心について、

せっかくの機会だから、

きちんと見ておこうか。
 
 
 
 
また、当日の他人事のような私の反応は、  
今までの病歴から、
こういった診断をある程度、        
予想していたからかも知れない。
 
 
 
 
 
 
 
 
私の病気は、肝硬変。 
 
 
 
 
 
 
 
ずっと内科には通っていた。  
 
十二指腸の血管が破れて外でぶっ倒れて、
入院したりしていた。
入院は今年にはいってからだけでも、
もう4回目だ。
 
 
 
 
肝臓が肥大して 黄疸まで出ていたんだから 
いい加減覚悟してもよさそうなもんだ。
 
しかし、黄疸といったところで、
顔中まっ黄色になるほどではなく、
まぶたをめくると、あら黄色い、
というくらいだったので、
そんなの、鏡見たってわかんないじゃん。
 
一応、パソコンを扱うには不自由はないし、
頭もなんとなく動いている。
「人間死ぬまで生きているさ。」と、
そのままにしてきた。
 
 
 
 
さらに、これは重要なことなのだが、
弊社は一人事務所なので、         
わたしが入院ばかりしていると   
生物としては生き長らえても、

社会的には死んでしまうのである。

 
 
 
 
みんなびんぼがわるいんやっ。と、
ひとりごちて涙しながらも        
しかし、やっぱり肝臓が色々駄目で、   
血液中の蛋白質が減って、
門脈からの体液が「腹水」となって
腹にたまってきた。
 
 
 
 
 
 
これが辛い。  
 
 
 
 
 
みるみる腹が膨らんで、
あらゆるズボンが駄目になった。     
「太った時のためにアジャスターで 
ウェストが15cm変えられるという
スラックス」まで全滅。

服のことはどうでもいけれど、
体が重たくなって、すぐに息が上がり、
ほんの「最寄り駅までの距離」、
そして「コンビニまでの距離」が
まったく歩けなくなった。
 
 
 
 
 
 
 
さらに食欲がなくなった。
 
 
 
 
 
まったく食べられない。
なにを口にしても、味がなくて砂っぽい。

とても固形物が食べられない。

 
 
 
 
 
当然みるみる痩せるか、と思いきや、
腹だけが膨らんで苦しくなり、
体重も30kg増えた。
ウェストがおもしろいように膨れて
100cmを超えた。
 
臨月の妊婦のようだ。
 
 
 
 
 
ついに立てなくなった。

尻を床につけてしまうと、

どうしても立てない。
 
 
 
ドアの枠などにつかまって立とうとするが
腰がたたなくてできない。
 
30分ほども格闘した。
   
結局立てなかったから、  
その時、荒い息の下で「死ぬ。」と思った。
 
 
 
 
 
だからその日、自分で救急車を呼んで
この陽の当たる坂道の病院に来た。
ここで応急処置としてぶっとい針で、
腹の水を抜いた。
超痛かったけど、すこし楽になった。
 
 
 
 
 
 
 

そのまま入院して、

主に腹水をなくす治療がはじまる。

 

 

 

 

 

具体的に言うと、腹から水を抜く。

そして、ふたたび溜めないようにする。

 

利尿薬で体内の水分を尿として出してやる。

さらに同時に、体内に入る水を制限する。

(一日500mlのペットボトル1本とか)

出る水を増やして、入る水を減らせば

腹水も減るだろう、と。

そのうえでさらに、穿刺を行う。

これは乱暴で、腹に穴を開けて、

中の水を出しちまう、というもの。

頭の悪いやりかだが、即効性は間違いない。

これを併用する。

 

 

 

 

 

 

 

これを3週間続けた。

そのあげくが29日の相談室である。

 

 

 

 

F先生いわく、

「腹水が出すぎる。穿刺して水を抜いても

それ以上に水が出るから、きりがない。

利尿薬も効果がない。

 

利尿薬もそうだが、穿刺は血液中の蛋白質も

排出してしまって失わせる。

いまは血液から作った製剤で補っているが  

腹水抑制の効果がないなら無意味だ。」

 

 

と、どうも実も蓋もない。

 

 

 

 

 

さらに、「利尿剤を目一杯使ったのと、

飲水を制限したために

腎臓がすっかり弱ってしまった。」     

直近の血液検査の数字が、よくない。

腎機能を表す血液検査の数値が異常だ、と。

 

 

肝臓といい腎臓といい、我がハラワタながら、

なんと根性のないことか。   

お父さんは、

そんなふうに育てた覚えはないっ。と、

嘆いていると。

 

 

 

 

 

「だからね」と、先生が冒頭の台詞に繋げた。

「今の治療のままでは、余命1年です。」と。

 

そもそも腹水を抜くだけでは、

肝心の肝臓の治療を

まったくしていないのである。

 

 

 

 

そりゃ死ぬわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにいままで、自分の肝臓について

「膨満している。」とか

「一部が繊維肝になりつつある。」という診断は

聞いていたが「肝硬変。しかも重篤な。」と

言われたのは、初めてでショックだった。

 

せっかくだから              

「肝臓の半分くらいはまだ、生き残ってますか?」

と聞くと 

「いやあ、そんなには・・・」というから、

「じゃあ、どのくらい・・・」と

重ねて聞くと    

「2・3割かな?」と。

 

そんだけ?

 

 

 

うん、死ぬね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、先生方は、

この馬鹿を見捨てるような事はせず、    

他の治療法として、外科手術も考えてくれた。

 

 

 

消化管から肝臓にむけて、

門脈という動脈がを流れていて      

栄養を肝臓に運んでいる。

ところが、肝硬変になると、       

門脈から体液が漏れて腹水になるので、   

門脈にバイパスを作って、

静脈に繋いでこれを防ごう、と。

 

 

 

こういった込み入った話になると、

もはや私の理解の守備範囲を越えるので、

「お願いします。」と、素直に頭を下げた。 

 

 

 

ただ、先生がこの治療法は最先端であるから、

非常に費用がかかる、と         

大変に心配してくれた。   

 

 

ここはひとつ「うぬ、馬鹿にするな。」なんて

怒るべきなんだろうが、

そんなことは全然思いつかなかった。

 

 

横の親父を見たら「お願いします。」と、

頭を下げてくれたので、

僕は、もうちょっと大きく頭を下げた。

 

 

 

 

 

親父、わるいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、

この治療で腹水抑制の有効な効果が出るのは

この施術を受けた人のうちの

50パーセントくらいではないか?という。

 

 

 

そもそもバイパス手術だけでは、

肝臓の治療にはやっぱりならないのである。

しかし、

腹水を押さえて腎機能を回復させないと、  

肝臓の治療もできない、という。

 

 

 

 

大丈夫か?おれ、 1年で間に合うのか?

 

 

 

 

 

はあ・・・ 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、これから1年間、

命を懸けたチキンレースが始まります。

 

 

 

これをリアルタイムで、

お伝えして行こうと思います。

 

 

 

 

 

ただし当然ながら、

医者が「余命1年。」と言ったところで、

きれいに1年後にパタリと死ぬわけではない。

3年、5年と生きることは珍しくないらしい。

 

予想外に長生きしても、

「嘘つき。はよ死なんかい。」なんて

コメントしないでください。

 

七代すえまで祟ります。

 

 

 

 

 

「お前はどこまで真剣なのか?」と言われると

どうも、ね。

 

 

 

なんにしろ、昨日言われたばかりだから・・・

(日付が変わった。)

 

 

 

ただ、まあ私の場合、「長くて1年」 と

言われているので大丈夫です。

(なにが?) 

 

 

 

 

 

 

あんまり病気の話ばかりではなく、

入院生活のことや、いろいろな病院の住民、

医者や看護師、いろいろな患者たち・・・

外から想像していても、

わからなかった病院のことなんかも、   

書いていきましょう。

 

 

 

 

皆勤は無理でしょうが、

なるべく続けていきます。

 

 

 

 

 

どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

うん、まだ元気。

 

 

 

 

 

スマホで入力すると、めんどくせーなー。 

 

 

 

 

 

 

 

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2007年10月22日 (月)

うるさい家

①JR線の横

②マンション中庭の横

③阪神高速の横

 

 

 

 

いままで6回引っ越してきたが

その中でうるさかった家、ベストというかワースト3である。

 

 

 

 

絶対的な環境の悪さという点では

③の高速道路横が最悪なのだが

防音については過剰な設計だったので

窓さえ開けなければ大丈夫だった。

 

ちなみに住んでいた3年間の間に

窓を開けたことは1回くらいしかない。

 

(しかも耐えられなくてすぐ閉めた)

 

 

 

 

②のマンションの横というのは意外かもしれないが

子供どもの声がうるさいのである。

 

こう書くとすごく心の狭い人のようだが

床も壁もコンクリートで囲まれて反響するので

ものすごくうるさいのである。

 

休みの日くらい寝かせてくれよう、と思った。

 

 

 

 

抜群にうるさかったのが①

 

線路脇はどこもうるさいのだろうが

同じ区間ならJRのほうがうるさい。

編成が長いし貨物があるからだ

 

貨物ってうるさいよ

 

あいつらには乗り心地とか言うもんは関係ないから

ガチャガチャガチャガチャ実にうるさい。

 

 

しかも貨物は深夜にも走るのである。

 

 

 

あれはまいった。

 

 

 

 

こうしてみると

 

ろくなところに住んでねえな。

 

 

 

 

 

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2007年10月11日 (木)

エアコン

エアコンの掃除をした。

これからしばらく使わないのでご苦労様

という意味もある。

 

 

 

 

 

 

 

昔、私が勤めていた会社に

飯田さん(仮名)という人がいた。

 

二人いた。

 

もちろん親戚などではなく

ただ名前が同じということだが、

この二人が、冷房をめぐって毎日

熱いバトルを繰り返していたのである。

 

 

 

 

飯田さんの一人は女性であり、

当時20代前半、まあ「女の子」と呼んでいい

年齢であり、極端な寒がりであった。

 

 

 

 

事務所の空調の設定気温を

30度

とかにするのである。

 

 

 

 

 

最高予想気温30度の日に

30度の空調というのは

もはや冷房ではないと思うのだが・・・

 

 

 

 

 

対してもう一人の飯田さんはおじさんで

小太りで暑がりだった

 

 

 

 

この二人のバトルが面白かった。

 

女性の飯田さんがエアコンを30度にすると

男性の飯田さんが

「暑いですねぇ」といいながら

設定温度を18度くらいに下げる。

 

 

 

 

30度はひどいが18度もひどい

 

 

 

 

これを二人は30分おきに繰り返すのである。

 

 

 

 

個人的には男性の飯田さんのほうに

味方していた。

女性のほうはノースリーブに網のようなカーディガンだったりして

とても防寒を考えているとは思えなかったからだ。

男はワイシャツ以上に薄着になれないんだから

服装で調節してくれよ、とは思った。

 

 

 

まあ、温度だけじゃなく空調が苦手な人

というのはいるらしいが。

 

 

 

 

 

 

それにしてもあの二人のバトルは面白かった。

エアコンの掃除をしていて

ちょっと思い出しました。

 

 

 

 

 

 

 

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2007年10月 9日 (火)

きんもくせいが香る季節になりました

ああ、秋だなあと思う香りである。

 

 

 

 

しかしあれは散歩のときに

ほのかに香るくらいがちょうどいい

 

 

 

あれが庭にあって香っていたら、

私だったら

ちょっとしんどい。

 

 

 

 

 

 

実際マンションにはああいう匂う木は植えない。

住人がつらい、というのもあるが

 

 

 

 

 

 

 

もっと大きい理由は

子供がいじめられるからである。

 

 

 

 

 

 

なんのことかというと

子供はきんもくせいのある家に行くと

 

「トイレの家」

 

というのだ。 

 

 

 

 

 

もちろん本末転倒

きんもくせいは

トイレの匂い隠し

 

 

なのだが

こどもには「きんもくせい=トイレ」

であるらしい。

 

 

 

そのせいか日本のマンションのほとんどに

きんもくせいは植わっていない。

 

 

 

そして最近の芳香剤には

きんもくせいの香りは使われていないんだそうである。

 

 

 

 

 

 

 

むー

 

 

 

 

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2007年10月 8日 (月)

モノクラスの危機

団地設計の鉄則

「似たような間取りばかり作らない」

というのがあります。

 

 

 

 

 

日本最初のニュータウン千里は

この点だいぶ配慮してあったのだが。

結果として入ってきたのは新婚世代

ばかりだったので

いまえらいことになってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が住んでる神戸市東灘区などは

将来そうなること確実だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おんなじ世代の人が多ければ

友達が増えていいじゃない。」

という人は、お気楽である

 

 

 

 

 

 

おんなじ様な年の夫婦は

おんなじ様な年に子供を産み

 

 

 

 

子供はおんなじように成長するので

 

 

 

 

幼稚園

小学校

中学校の順に

パンクする

 

 

 

 

 

 

 

しかも後の世代が続かないので

すぐに過疎校になる。

 

 

 

 

 

 

 

しかも子供たちは結婚すると独立してしまう。

 

 

 

 

そうした街は一気に高齢化と空洞化が進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この

わかりやすくも恐ろしい道のりを

日本中の新興住宅地がたどってきた。

 

 

 

 

 

住民の世代、家族構成、所得、

といったものが同じ

単一の階層モノクラス)でできた街は

怖いのだ

 

 

 

 

 

 

 

むー

 

 

 

 

 

たぶんつづきます。

 

 

 

 

 

 

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2007年9月22日 (土)

マンションの困ったお客様

「え?ご家族は6名さまですよね

こちらの部屋2LDKですけど」

 

 

 

うーん、

これを困ったお客様と言ってはいかんだろう。

何人で住もうとお客様の自由だ。

 

だけど、いきなりビフォーアフターしなくてもいいんじゃないか、

という例は、確かにあります。

 

 

 

 

 

 

「部屋にウォーターベッドを置きたいんだが」

 

わっ、これは困った。

水は重いんである。

 

持ち込まれた厚み30cmのものだと300kg/㎡以上

するのである。

最悪の場合、床がたわむ危険があるのである。

 

 

こちらのお客様には、

ベッドを買い換えていただくことにした。

 

 

 

 

 

 

「部屋で焼肉を食べたいから、壁に穴開けちゃったあ」

 

 

 

 

バカモオン!

 

 

いや、文章を短くするためにこれでも抑えて書いてるんですよ。

ダイヤモンドカッター持ち込んで穴開けちゃうんだもん。

 

 

構造屋さんと現場所長があわくって飛んでったなあ。

 

 

 

 

 

すべて実話です。

 

 

 

 

しかし、

なにおう手前ら建築屋のことは棚に上げやがってという

お叱りをお待ちしています。

 

 

 

 

 

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2007年9月15日 (土)

ビフォーアフターは変だぞ

「大改造ビフォーアフター」というテレビ朝日系列の番組がある。

本放送は終わって今日は再放送だったのだが

 

 

 

 

あの放送には

不満がある。

 

 

 

 

 

あらゆる仕掛けを「匠」なる人物が考えている。

そこまでは認めるとしても

 

 

竣工してから

 

 

 

 

 

「あらー、これどうやるの」

「こうよ、こう」

「あらー、すごい」

 

 

 

 

というのはうそだ。

というか、たぶん法的にも許されない。

施主からの「承認なくして、製作無し」というのは

建築業界の不滅の鉄則である。

 

 

 

 

 

TV的演出と思えない驚きように、逆におどろくけど

あれは、まずいよ

 

 

 

 

 

 

そのほか、

匠の工夫が変なピタゴラ装置みたいで

「すぐこわれそうだなあ」と思ったり、

 

 

 

突っ込みどころは 

いろいろあります

 

 

 

 

 

同業者批判はまずいかなあ

 

 

 

 

 

 

でもいいや

 

 

ほんとにそう思うから。

 

 

 

 

 

 

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2007年8月30日 (木)

夏に花が咲く木は3つだけ

夏に花が咲く木は3つだけ、さて何だ?

 

    

意外に難問かもしれない

 

 

私が建設会社に入ったとき聞いた。

 

「建設会社」というのがキーワードで

これには、「造園」あるいは建築の「外構」で使われるもの、

という注釈がつく

 

 

 

 

正解は

「むくげ」

「さるすべり」

「きょうちくとう」

 

 

 

です。

 

 

 

 

ちょっとしたトリビアでした。

 

 

 

 

 

 

 

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