こんな難しいテーマもうやらない。

2017年6月11日 (日)

余命1年日記 -75- 告白     2017年6月第1週(2017.6.8)

いま、入院中です 

 

 

 

残り61

  

 

 

まだ、死なない

 

 

 

 

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2015年10月11日 (日)

ヒトラーの贈り物

1945年の第二次大戦末期にナチスドイツが保有していた 

240億円相当の金塊を積んだ列車が、ポーランド西部の 

ヴァウブジフ市近郊の廃トンネルで見つかった、というニュース。 

(ビジネスニュースラインの記事へのリンク)











ヴァウブジフ市というのはここ。


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クリックで大きく








ポーランド-チェコ国境にほど近い場所にあるが

ここは戦前はシレジアといって、生粋のドイツ領であった。

ところが、1945年5月に終末を迎える欧州戦線においては 

2月までにソ連軍が占領していた。



引用した記事に書いていないのでわからないのだが

問題は、この列車が、どこに行こうとしていたのか?

ということ。


『ナチスの財宝』と聞くと、ドイツ第三帝国の崩壊を見越しての

財宝の隠匿か?』と考えるのが自然だが、

ソ連領に向けて走っていたとすると訳がわからない。






それなら、逆にこの列車はポーランドから西へ、

つまり、ドイツに向けて占領地の財宝を運んでいたのか?

とも考えられる。


5月7日にドイツが降伏した時、

組織的な軍隊として存続していたのは、 

南ドイツとチェコの一部に存在していた陸軍と、 

ヒトラーが後継者に指名したデーニッツの海軍しかなかったから、 

再起を期してのものだったら、こっちのほうがリアリティはある。






実際のナチス残党の行方は

どうだったのか?


かつてドイツを支配したナチス党員と心酔者たちの一部は

親枢軸のペロン大統領が独裁していたアルゼンチンに逃げた。


大物では『ホロコーストの指導者』アドルフ・アイヒマンなどがいる。

小物では、政権から追われたムッソリーニを空挺部隊で

グラン・サッソから救い出し、アルデンヌの大攻勢で

連合軍の背後に回り込んで、偽装の軍服や流暢な英語で

混乱させまくった、オットー・スコルツェニーなどがいる。


もちろん、それ以外にも組織的にナチスの残党はアルゼンチンに

流れ込んでいて、こんな遺跡がある。

(ハフィントンポストの記事へのリンク)







ヒトラーがアルゼンチンに潜んでいる、という与太話は

かなり長く欧米で信じられていた。

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1970年代に

アルゼンチンで撮影されたヒトラー

とされる写真。







もちろん簡単に亡命できない人がいて

1970年代には『近所にナチスの残党がごろごろいる。』

という状況が、ドイツではむしろ常識で、

その中には政治家になった人もいた。


有名なのは、国連の事務総長まで務めた、クルト・ワルトハイム。

この人は戦前、ドイツ領であったオーストリアの出身で

SSの下級組織で将校にまで進級していたのだが

国連勤務を経て1970年代に2期続けて国連の事務総長。


『敵国条項』って一体何だ?




これを土産に母国のオーストリアの大統領になろうとしたら 

ナチスの前歴がばれて大騒ぎ。 

それでも国民は『外国からなんか言われるのは、うるせえや。』と

ワルトハイムを支持するが 

外国は『ペルソナ・ノン・グラータ』扱いをしたので 

外遊に行けなかった。









例によって話が長くってごめん。

要するに『240億円の財宝はすごいけど

結局ナチスの残党は

それを活かせなかった。』

ということ。















第二次大戦の『隠し財宝』として、

日本で有名なのが、フィリピン防衛戦を指揮した

山下将軍が隠していた『M資金』というもの。


どのくらいの資産で具体的にどんな代物だったか、ということを

飛び越えて、この『資金』が有名なのは

戦後、これの名を騙った『詐欺事件』が群がり起きたから。






曰く、


『出所は旧軍の山下将軍であり、、その金額は数百億円に及ぶ。

私の知り合いが、その所在をつかんだのだが

今の政治状況では、無傷で日本に持ち帰るのは難しい。


そこで社会的信用のあるあなたに、是非協力をお願いしたい。

まずは、運動資金としていくらか頂戴できないか?』

と、持ちかけて、金を貰うとドロン。





こんな詐欺にひっかかる奴おるんかなあ、と思うが

『あなただけに秘密のお話しを』といわれると、

ころころん、とだまされる奴がいたらしい。




ざまあ。




『M資金詐欺』は初出の昭和30年から今日に至るまで

40年間、連綿として受け続けられており

本当にそんな資金があるのなら、

金利だけで3倍以上になっている。


狙われたのが『社会的信用がある金持ち』なので

被害者が世間に知られることを恐れ、

ディテールが伝わらなかった、ということもあるらしい。
















日本にはもう、こんな話はないんだろうな。 

最後の戦争は70年前に終わってるし。




そもそも、『トレジャーハンター』という 

職業が存在することに驚いた。


今回、『ナチスの財宝』を発見したトレジャーハンターは

財宝の価値の10%を要求しているそうで

記事を信じるなら24億円。


いいな。




もし、満額貰えるんなら、

それはそれでうらやましいけど、実際には

70年間にわたって『発見の努力』は 

無為に費やされてきたわけである。




もしも、あなたの息子が、進路調査票の希望欄に

『トレジャーハンター』って書いていたら、

許せますか?









できねー。































では、『今日のヒルター。』


まあ、モンティ・パイソンだから

あんまり真剣に考えるのは野暮だけど 

1970年代には、こういう冗談があった、ということで。











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2015年3月29日 (日)

フールプルーフでは悪意を防げない

副操縦士が、故意に飛行機を墜落させたとして問題になっている 

ドイツのLCC、ジャーマンウィングス社の、航空機墜落事故。


犯人である副操縦士は機長がトイレに立った隙に、

コックピットの鍵を閉めて、さらに外から開かないようにして

一人となった状態で、機体の高度を下げる異常な操作を行い

墜落させた疑いがもたれている。

外部からの侵入者を防ぐため、

9.11のテロ以降義務づけられているシステムが悪用された。


再発を防ぐために、欧州航空安全局(EASA)は27日、

欧州の航空各社に、飛行中はパイロット1人を含む2人以上が 

操縦室に常駐するよう求める勧告を出した。というニュース。

(読売の記事へのリンク)













『トイレ行くな、ってことかな。』


『いや、そうじゃなくて、トイレに行って一人にしちゃうから

こんな事故を起こすんだ、と。』


『それで二人?』


『はあ…』


『無理無理、そんなんじゃ事故は防げないよ。』


『そうですか?』


『機長のトイレのかわりに誰が入るんだ?』


『そりゃあ、むきむきの保安要員とか…』


『そいつは、機長の便所タイム以外はなにをやってるんだ?』


『あ…』


「ただでさえ、LCCは水を買うのに金をくれ、

座席は狭くてもいいよな、という会社だろう。

そんな冗員をどうやって、確保するんだ?』


『それじゃあ、パーサーとかCAとかで、手の空いてる奴が

ナースコールみたいに対応して。』







『ト、トイレ行きたいんだ』


『いまくそ忙しいんすよ。我慢できませんか?』


『…あ…ああー』


『機長っ?キャプテンっ?』


『お、おおう…』











『ってなことになるかもよ?』


『むう…』


『おむつしたら?』


『機長に?』


『コックピットにいる全員に。』










『しかし、どっちにしても、そんな綻縫策では、 

根本の解決にはならん。』


『そうですか?』


『ただでさえ、パイロットの高齢化が進んで、日本では

20年後には、深刻なパイロット不足が起きるといわれている。』

(国交省のページへのリンク PDFファイル)



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パイロットの

需要予測って

やな言葉だな






2015y03m29d_140658241_2
高齢化に

耐えられない

日本の

航空会社


(クリックで大きくなります)





『ヨーロッパだって似たようなもんだ。

高齢化、っていうのはサービスを受ける

乗客だけの問題じゃない。』


『サービスするスタッフの方も深刻だ、と。』


『そんな中でどうやって、トイレ番の保安要員を確保するんだ?』







『し、しかし、機長トイレ問題に対する

フェイルセーフとしては、もう、これしか…』


『どっちかっていうとフールプルーフ、かなあ。』


『2つともよく聞く言葉ですけど、どういう意味でしたっけ。』


『工学部を出ていてそんなこと言われちゃ困る。 

フールプルーフってのは直訳すると「馬鹿安全策。」』


『おおう、容赦ない。』


『操作する人間は、必ず間違いを犯す

っていう前提でシステムを設計する考え方だ。』


『具体的には?』


『扉を閉めないと、点かない電子レンジや洗濯機。 

人が座っていないと、作動しないウォシュレット。』


『ウォシュレット?』


『感圧スイッチがつく前のウォシュレットでは

人が乗ってない状態でスイッチだけ押すと、 

水が出っぱなしだった。』


『あ…』


『ビルの竣工検査の時に、水浸しで帰ってくる 

設備屋さんとかいたからな。』


『…ほう。』









『フェイルセーフのほうは、もう少し広い概念で 

ヒューマンエラーも含めて「システムなんて必ず壊れる」 

という前提の上に考えられている。』


『具体的には?』


『注目されるようになったのは、戦後、米ソが核パトロール 

核ミサイルの配備を行うようになってからだ。』


『なにか問題がありましたか?』


『いまでもそうだが、米ソ(露)の戦略爆撃機は

スクランブルがかかるとすぐに敵上空に行く。』


『上空で連絡が取れなくなったら、わやですな。』


『そう、だから、指定のポイントで攻撃続行の指令がなければ

(フェイル)攻撃をキャンセル(セーフ)する。』


『核パトロールで常時敵の上空に浮かんでいる爆撃機は?』


『爆弾や起爆装置に5重6重の安全装置をかけた。』


『核ミサイルは?』


『人間が惑乱することを想定して、複数の責任者が

別々のキーを持っていて、それで解錠しないと

ミサイルのボタンに触れることも出来ん、ということにした。』


『おかげで、人類は偶発核戦争を逃れた、と。』


『いやいや、安全装置があとひとつというところまで破られたり、

水爆をぽろぽろ落としちゃったりしてたらしい。』


『あぶねーなー。もう。』









『大体今回の措置で、 

コックピットに常に複数の人間がいるとしても 

事故が防げる保証はない。』


『二人で犯行に及ぶ、とか?』


『そういう危険性は排除できないが、キ○ガイ一人に 

まともな人間二人、という状況で起こった事故があるからだ。』


『これですね。』

(日航350便墜落事故 逆噴射の日 なつやすみ)


『この時、この飛行機には機長、副機長、航空機関士の

3人がいた。』


『「搭乗員3人体制」っていうのが常識でしたもんねえ。』


『人件費を削減したかった、航空会社は

「搭乗室二人体制」を実現するために

飛行機に改良を重ねて、なんとかこれを実現する。』


『組合も強かったですもんねえ。』


『「ローカル線の、空気を運ぶ列車だけのにも車掌が乗ってる」と

馬鹿にされたけれども、国鉄はそれが存在した時代には

「ワンマン運転」をついに実現できなかった。』


『むう…』







『とにかくっ。』


『はい。』


『航空機関士が異常に気がついて、機長に声をかけ、

異常を感じた副操縦士が「キャプテンやめて下さい。」と

叫んで、操縦桿を引き戻した。』


『…はい。』


『…それでも、墜落したんだよ。』


『むう…』


『悪意のある奴がコックピットにいたら、

こういう事故を防ぐ方法はないんじゃないか?』


『変な操縦をしたら、背中のロボットが張り飛ばす、とか…』


『…うーん…』
























では、『今日の一枚。』













羽田沖に座礁する日航350便。

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今日の話に結論なんかないです。


ふう…











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2015年3月28日 (土)

バフェットの銘柄が危ない

世界最大の投資会社の会長にしてCEO、世界一の大金持ち 

ウォーレン・バフェット氏が保有する株式の銘柄が 

ジャンクフードに偏っており心配だ、というニュース。 

(ロイターの記事へのリンク)







よくよく読むと、 

『彼が保有している株式の銘柄が危険。』なのではなく、 

『彼のジャンクーフードへの偏愛が危険』なのであって

なんでえ、紛らわしい。


あなたの家のタンスにある、コカ・コーラ社の株券を

北浜の証券取引所に持って行っても、

もう紙の株券で取引してくれる証券会社はないのでしまっときなさい

大丈夫だから。





さて、私は投資とか金融とか経済とかが

親の敵のように大嫌いなので 

だから、お金がないんだいいいいい。


従って、以下この人についての記述は、ほぼWikipediaの

言いなりである。 (Wikipedia ウォーレン・バフェット)








偏食家なのは確からしい。 

『ハンバーガーとコカ・コーラしか摂らない』と書かれちゃうくらいで

うん俺もコーラ好きだけど、なんたる境涯の違いか。 

しかし、このひと、コカ・コーラ社とバーガーキング社の

事実上のオーナーなのである。



好きにも程があるだろう。 

どんだけ金持ちなんだ?

おそらくは英語版をそのまま翻訳したらしい、

原文が悪いのか、翻訳が悪いのか

Wikipediaの飽きそうに平板な文章を読み進めると、

『△△を○○ドルで買収した。』 

『総資産は○○ドルになった。』という 

ドラクエのステップアップの時のようなセリフの数字が 

想像力の彼方にすっ飛んでいって、すげー。






で、この人の職業は『投資家』なのだが、

あなたの身近にいますか?投資家。


もし仮に、四十五になってもお嫁に行けないねえやが

『婚約者』なる人物と一緒に田舎に帰省してきて、それが

『ねえ、この人、アメリカで投資家やってるの。

あ、彼、お茶はだめ。チェリーコークしか飲まないから』

という男だったら、

一族郎党、親戚中が総力を挙げて反対するとともに、

うわさ話をするだろう。









ええ、『金持ち』だとか『成功者』なんて言うのを訊くと

もう、素直になれませんでね。

だから貧乏なんだいいいいいいい。


だけど、貧乏はともかく、オーディナリーピープルにとっては

『投資家』って縁遠い職業だと思う。

だって、商店街にないじゃん。

『姐さん。今日はいい株が入ってるよ。』

なんて、八百屋でも言ってくんないじゃん。











そうはいっても、この人の信奉者は数万とも数百万とも言われ、

『バフェットさんと一緒にお昼ご飯を食べる権』が

オークションで2.2億円の値段で落札されてしまうのである。

(CNNの記事へのリンク)


だから、うかつにこの人の悪口を書いてしまうと

夜道が歩けなくなってしまう。

陽の当たる道はもっと歩けないから、へへっ、おじょうちゃん

日陰者ってのぁ、こうやって出来るんだぜ。




まあ、2.2億円払って、ハンバーガーとチェリーコークを

食べに行く人の気が知れないが

バフェット氏のお話は、千金の値があり、

昼食会なんだからご歓談のついでに質問などもしてよく

『次の投資先は?』という質問をして、そこの株買っとこう、とか

よこしまなことを真っ先に考える僕は

2.2億円用意できません。



で、

彼の話のなにが『値千金』なのかというと、

この人は投資に関して、いくつか信念を持っていて

さらに、投資先に関しては 

『金は出しても口は出さない。』と。

つまり、短期で資金を引き揚げて利ざやを稼ぐんではなく

経営陣の首をすげ替えるんでもなく、

『お前を信頼するから長くやってみろ。』


どこかの家具屋の親娘に

訊かせてやりたいような、 

素晴らしいものである、と。















で、

今日の日記の主題は、

『バフェットさんが、ジャンクフード好きなのも心配だけど

買う銘柄、みんなジャンクフードじゃない。』

という、アメリカの栄養学者のご心配。


こういう『意識の高いご意見』は

眉毛をつばで濡らしながら

聴かないといけない。


どうも、零戦の設計者を主人公にした

ジブリアニメ、『風立ちぬ。』について、

『喫煙シーンが多すぎて、こどもに悪影響がある』と

難癖をつけて失笑を買った日本嫌煙学会と、同じ匂いがする。

(タバコのキャリー・ネイションを許すな なつやすみ)






だって、仮にジャンクフードが、健康に悪影響があるとしても

バフェットさん、すでに84歳なのだ。


いま死んでも大往生だろう。

そもそもハンバーガーや、チェリーコークが

実は素晴らしい

健康食品なのかも知れない。














バフェットさんが成功者なのはわかったし、

彼がなんだかすごい哲学を持っているらしいこともわかった。


でも、誰かを『神様』にしてしまうと

こういうダニみたいな連中が沸いて出る。


だから、『○○の神様』みたいな人を

安易につくらない方がいいと思います。







そして、投資とかおっかないことにも

安易に手を出さない方がいいと思います。




元手がないからだろう、とかいうなっ。




























では、『今日の二枚。』













ポパイにハンバーガーをねだるウィンピー


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やあ、ポパイ

ハンバーガーおごってくれないか

火曜日には

きっと返すから。





菜食主義者のプロパガンダ漫画、『ポパイ』において

欲望に耐えられず、借金してまで

禁断のハンバーガーを食べ続ける、体型も生活も

だらしのないおっさん。

でも、人がいいので憎めない。












もうひとつの『欲望の象徴』



今回のロイターのニュースは、25日に合併によって、

バフェット氏の傘下に、新たに複数のジャンクフードメーカーが

加わることになったためらしい。



これはそのうちの一社、オスカー・メイヤー社の主力商品

ホットドッグ、ではなく中のウィンナーをかたどった街宣車。

食欲をそそりますな。

 

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運転手は2階の 

ウィンナーの運転席に座る。





『ああっ。雨がひどくなってきたぞっ。

ワイパーのピッチを最速にしろっ。』


『だめですっ。これ以上速くしたら、オーバーヒートして

先端のラジエーターグリルから白い(自粛)』









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おまけ




一平ちゃんCM,フィーチャリング広瀬すず。

『全部出たと?』編。







まあ、なんだ。

ウォーレン・バフェットの話題から始まって、着地点が広瀬すず

という文章はね、なかなかないですよ…


ああ、そうそう。このCMは諸般の大人の判断によって

現在は放送中止。

いやあね、おとなって…

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2014年7月13日 (日)

神戸市街地の東遷-2-

さて、7月4日の続き。

7月4日?








神戸の都心は三宮だと思ってるだろう

とんでもない、というお話である。

あれは作られた『新都心』だ。


もともと神戸、という街はなく、いまのJR兵庫駅の海側に

江戸時代から続く大きな兵庫という街があったんだ。

幕府が『兵庫を開港してやるよ』と言って、

実際はずっと東の砂浜の生田浜を居留地にした。


中間部分、の湊川神社の門前は

本来なら無視されてもよかった。


正直言って昭和期にはいって『忠君・正成』

というイメージが出来上がるまでは

そんなに盛り上がっていなかったらしい。







湊川神社とはどこか、

というのはひょっとしたら神戸市民にも怪しいかもしれない。


(クリックで大きくしてください)

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JR神戸駅の目の前。


小保方さんが必死のパッチで再現実験に挑んでいる

魔女の館、もとい理化学研究所からもごく近い。


ただし、神戸駅がこの場所に立地したのは、 

この神社とは関係ない。


そもそもこの神社の創建は歴史的にみれば最近で、

明治5年(1872年)なのである。

(神戸駅は明治7年。)





しかし、このお互いが目の前に立地したことは、神戸の街を

発展させる。


正直言って、湊川神社に行ったことは、1,2回あるかどうか

というぐあいで少ない。


三宮の生田神社には数えきれきれないくらい、いったけどな。

ハンズに行ったついでに

生田神社に行っちゃいけないっていうの?





空襲で再建された建築物に興味はないし、

なにより、この神社、というか正成自身が

『忠臣の鑑』、ということで戦前の一時期 

徹底的に持ち上げられたからだ。

正直、反発があった。


いまでも、初詣や、七五三の時には賑やかだが

観光で神戸に来て、この神社を目的に選ぶ人は少ないだろう。









ところが、戦前はにぎわった。

もともとオフィス街ではある。

『世界一の総合商社』だった鈴木商店の本社ビルがあったり

神戸の裁判所、市役所なんかがあった。


そこに湊川神社の門前に人々が列をなすようになる。

当然、門前は大いににぎわった。

いまでも、老舗の和菓子屋なんかがある。


ここから西に向かって歩いて20分くらい、 

市電だったら5分くらいのところに、

新開地という街があって、西日本一の繁華街だった。


さらに20分くらい歩くと兵庫、という街がある。         

      
阪神大震災直前

兵庫駅南にあるに大仏が再建された。


      
      

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大仏殿、というものがなく

周辺に門前町の雰囲気もなく

野ざらしなので、

予備知識がないと

かなりびっくりする。





     

       
この兵庫大仏も観光地。(能福寺 HP)

戦前にも大仏があって、奈良、鎌倉と並んで

『日本三大大仏』と呼ばれ大いに参詣客でにぎわったそうだ。

 

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もっと頭でっかち






『兵庫や神戸は明治以降の開港場だ。』と思ってるだろう。

ところが『日米修好通商条約』で、定められた開港場のうち

『兵庫』とあるのは和田岬に抱かれた良港で 

江戸時代以前からの港の歴史を持っている。


ところが、幕府は、中世以来の港町の兵庫に

外人が入ることを嫌った。


従って、末期幕府が作った『居留地』は

およそ港には向かない、砂浜の生田浜を選び

申し訳のように、当時の船でも荷役ができない

『童貞チンチン』のようなメリケン波止場を作った。



だから、戦前までの神戸の街、というのは 

こんな二重構造なんです。

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上の地図でいうと『旧生田川』というのが 

現在のフラワーロードで市役所がある通り。 

『旧湊川』というのが現在の新開地。


兵庫地区に関していうと、兵庫駅東の蛭子神社から

海岸の柳原地区、そして和田岬まで続いている。


和田岬は、いまは三菱重工の工場のなかにあって

国家機密がてんこ盛りなので、観光はできません。

(重要な史跡である和田岬砲台だけは、

事前に申し込めば見学できます。三菱重工 HPへのリンク)


しかし、この地図で見るように 

『明治初年』の神戸の市街地は、このように、兵庫地区と

旧居留地地区だけで作られていた。

 

湊川神社があって、神戸駅がないから、 

明治5・6年の地図だと思うが

まるっきり西に偏している。













いま、元町駅を降りて海に少し降りると、

線路に平行するかのように、『元町通商店街』という

アーケード商店街がある。


西から1丁目なんだけど末端のはずの元町駅前のほうが、 

大丸があり、南京町があって、すごくにぎやかだ。


これをどんどん西に歩いて行くとさみしくなる。

『海文堂書店』が閉店するって聞いたときは、

正直、なんの冗談かと思ったよ。



いま、神戸の人でさえ、神戸の繁華街の中心は 

三宮駅だと思っているだろう。

さっきの地図でいえば、いまの三宮駅は、

旧生田川を遡って、わかりにくいけど生田神社の下になる。



なんにもない。






いまの南京町、というか外国人居留地の西側に

『雑居地』ということで日本人に混ざって

中国の人がたくさん住んだ。


ただ、南京町一帯は、1960年代後半から15年くらいの間

『外人バー』の街になった歴史があった。


外人が外人にお酌すこともあったが、

日本人や、それこそ中国人がお酌することもあった。

コンテナ船の普及以前には、荷役のために船員が

一週間くらい神戸に滞在する、ということがあったんですね。


南京町は荒れ果て、老舗の中には郊外に転出したところも多い。

だから、いま南京町で客を集めているのは2流店ばかりだ、

なんて乱暴なことをいう人もいるが、並んだ時間に対価する味か、

というと疑問な店がいくつもあることは確かだ。







第二次大戦で神戸、特に兵庫地区は徹底的な爆撃を浴びた。

三菱重工や川崎造船の大工場があるんだから当たり前である。

湊川神社だって焼け野原になった。


いま、ここの、神戸駅の北口前に立つと、裏寂れたパチンコ屋とか、

裏寂れた駅前旅館とか、裏寂れたUCCの倉庫、倉庫?

いやあ、外装を見るともとは、喫茶店だったらしいのだが、

「エキチカ」でも敵わなかったか。


なにより湊川神社に行くのをはばかるような世間の風潮があった。


1960代以降、ロータリーとなってきれいになった。 

そこに立つと、『ここが、大都市の中心駅かよ。』という

不思議な、場末感というか亜空間が広がった。


いまもある。



まあ、神戸駅周辺は時間が間延びしたようなビジネス街で 

裁判所なんかもあり、神戸地裁の法廷では 

本気で判事が居眠りしている。

(目撃者なんだから本当。)



しかも、戦後、西側の兵庫地区は米軍に接収された。

大仏も、戦争中の金属供出で解体され、って

安いな大仏、おい。



従って、繁華街としての兵庫は壊滅した。

いくつかの史跡はあるが、

もう歴史散歩の年寄りしか行かない。


江戸時代の兵庫の街の痕跡を残すのが

兵庫駅から東に100mくらい離れた蛭子神社から海のほう。

ここは街割の方角が違っていたりするから

『違う街』という認識を持ってもらえるだろうが

建っているのは、町工場や、賃貸マンションや駐車場ばかりで

なんとしても歴史的な街並み、ではない。


兵庫駅南側は、米軍キャンプとして接収されてしまったので

戦後、人の流れと、歴史の流れが閉じてしまったのである。











本人にも予想外な長編執筆。

続きます。




























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2014年7月 8日 (火)

湊川合戦の日。神戸市街地の東遷-1-

7月4日は湊川の合戦の日。

1336年のこと。

(Wikipedia 湊川の戦い)







元寇で功績をあげたのに、恩賞をくれない。 

と反鎌倉幕府の不満が高まった時に、

よっしゃー、と立ち上がったのが 後醍醐帝

帝が楠正成に『俺を助けろ』と言ったという。


正成の出生は諸説あるらしいのだが、

事実上、無名の人物が天皇からお言葉と領地をもらったら

そりゃあ、感激するよなあ。


感激した正成は、 

千早赤阪城でうんこ投げたりしながら、幕府軍を撃破。


後醍醐帝は、京都に戻って、自ら政治を仕切る、という

『親政』をはじめる。

これが、『建武の新政』(「しん」の字が違うのに注意。)




ただ、これは、いろいろあって失敗し、 

九州に追い払ったはずの足利尊氏が、 

陸海の大軍を率いて巻き返してきた。


楠正成は、言葉を尽くして、帝の動座、というか

避難を求めるんだが、殿上眉に、お歯黒の薄汚い公家が

『汝、神戸で食い止めよ。』と、無茶な命令をするもんだから、

官位では圧倒的に低い正成は

陛下への忠誠だけを誓って、

絶望的に勝ち目のない戦いに身を投じ、 

湊川で死んだとさ。(Wikipedia 湊川の戦い)




で、この人が戦死した場所、とされるところに建っているのが

湊川神社。(湊川神社 HP)

     

2014y07m06d_092647256
(クリックで大きく。

右上になっちゃんが

映ってるけど

気にしないでね)



     

長々と何を話しているかというかというと、

ここまでが導入部です。



え゛?














では次回、『お前ら、三宮が神戸だと思ったら大間違いだぞ』

に続きます。


いや、ほんとに続くんで、Don't miss it.


























では、『今日の一枚。』










この、頭でっかちな仏像はなんだ?

00000000000000000000000000000000000










Coming Soon !






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だいたいね?7月4日の事を書くっていうことは、

それ以前から準備してる訳ですよ。 

建武の新政にしたって、後醍醐帝や正成だけじゃなく、 

新田義貞も足利尊氏も、登場人物や

事件の経緯はみんな調べてる訳ですよ。 


この日記は、思い付きの軽薄な悪口ではなく 

無駄で無駄な知識に基づいた、重厚な悪口なわけですよっ。





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2014年3月 2日 (日)

ビットコイン、って何?

『ビットコイン(Bitcoin)とは、

公共トランザクションログを利用している

オープンソースプロトコルに基づくPeer to Peer型の

決済網及び暗号通貨である。』







ビットコインなるものを扱う会社が破綻して、 

デブの外人が頭を下げている。

(読売新聞の記事)

 

00000000000000000000000000000000000 

艶々とした肌しやがって



       

 

『ビットコインとはなんじゃらほい』と、 

Wikipediaをひも解いたひとが 

日本中に300万人はいると思うのだが、 

出てくるのが、冒頭の文章である。

(Wikipedia ビットコイン)








ごめん、全然わかんねえ。







なんだよ、

『…公共トランザクションログを利用している

オープンソースプロトコルに基づくPeer to Peer型の…』

ってのはよ。







日本人なら日本語使えっ。








Wikipediaの、この項目に投稿した人の文章も

頭が悪くていじわるだと思うけど

投機とかやる人には簡単な内容なのかなあ。




でもまあ、読売の記事では『仮想通貨』とある。 

苦労してWikipediaを読むと、国によっては 

通貨のように使える国もあるらしい。 

ただし換金はできない。













つまり、超かっこいい子供銀行の札、

        
       
ってことでいいんだな?



















ただ、この柔肌のデブの会社の負債総額は

預かり金28億円、『ビットコイン』なるものの換算総額は

114億円で、合計しても150億。

(読売の記事へのリンク)




それだって、私には目もくらむような金額だが

歴代の大型倒産、というのを見ると文字通り桁が違う。

二桁違う。

(戦後歴代の大型倒産 東京商工リサーチ)



なんだよ、負債総額4兆とか3兆とか。







だから、このデブの会社の倒産は

世界経済に傷を負わせるほどの

大きさではなかったはずだ。


にもかかわらず、新聞がトップ記事で報じ 

日本では、官房長官が『会見での応答』という位置ではあるが 

『我が国とは関係ありません。』と 

コメントを出しちゃうのである。






近い将来には、

国家の安危に関わる程の存在になる

という認識なわけか?






















冒頭のWikipediaの記事は、

『送金者からの情報は高度に暗号化されていて安心』とある。

しかし、その『貨幣』には、金と交換できる『兌換性』もないし

政府なり、中央銀行の保証もない。



とりあえず、送金者が

『ブロードキャスト(「広告・公開」って翻訳でいいんじゃないか?)

した内容について暗号をあれこれしあって(適当)

ビットコインなるものが取り引きされる。



元をただせば、貨幣価値の信頼は

『出品者』なる人物の信用に局限されると思うのだが

この、コイン市場でレートが変わってしまう。

実態以上に値上がりすることがある。


だから投機に使われる。



よくわからんが、山師ってことでいいんだよな。

そいつらが、お互い相場を張りあっている、と。













それはいいんだ。


大昔の山師の時代、大久保長安クラーク博士

鉱山経営に取りつかれ、

大久保は国家経済を、クラーク先生は自らと親戚を

災難に叩き込んだのは有名な話。




いつの時代にも山師はいる。

それに賭けて

すってんてんになる奴がいる。





そのこと自体は、ざまあみろ、としか思えない。


しかし、こんな子供銀行券が

未来通貨なのかねえ。





























では、『今日の一枚』










今回話題の、ビットコインの会社のトップ(頭の悪い説明)

マルクカルプレスさん(たぶん30前。)

000000000000000000000000000000000_3












こういう理解でいいのかな?

 

 

 

 

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2014年3月 1日 (土)

芸術なんて偽物ばかり

と、思われても仕方がないニュース。

(朝日新聞の記事へのリンク)




文化庁が後援する、書道の美術展『全日展』で

不正があった。 


どんな不正か、というと、出品がない県の応募作として

長老審査員が 『わしが書く』と自ら筆を執って、

あろうことかそれを入選させた。


『知事賞』がもらえる作品を出し続けなければ

来年以降、予算が削られる、と。

書道なんて、はっきり言って客観性がなく、逆にいえば

審査員や事務局の『推薦』があれば

知事も自治体も逆らえない。


『にんげんだもの』のふにゃふにゃした筆致では、

議論が二分するかもしれないが

明らかにその人とわかる筆跡で、『人間だぞ』

大書してあり、しかも作者が審査委員長であれば

だれも逆らえない。そもそも、ほかの応募作もないし。

    




気持ち悪い。















で、

その全日展なるものでは

『派閥にとらわれない審査の絶対公平,

有能な新人発掘と生涯学習の促進,

書画芸術の精神文化を通じて,

国際友交ならびに国際文化と

交流向上を目的と世界平和に寄与すべく

全日展」を開催します。』



と、のたまってんだから

全地球が大笑いである。
      

仮に五体満足でも、脳みその弱さを感じる。




で、まあ、

リンクした全日展なるもののトップページが消えているあたり

よほど非難にさらされたのだろう。


いまさら、HPを消しても遅いわ。



『玉義之』っていうペンネームで投稿してやろうか…



















『しかし、つんぼの作曲家が名声を得たり…』


『もうなんか、「唖とか聾とか盲とか」

本質と関係がない付加価値のある奴」しか

有名になれないような気がします。』


『権威とか、名声が信じられない時代だなあ…』


『…ねえ…』


『でな?』


『はい?』


『さっきの文章なんだがな?』


『はい…』


『人権意識の強いATOKくんでは

おし、つんぼ、めくら、っていう単語が 

ものの見事に変換されなかったんだ。』


『…へえ、じゃあ、これは?』


『盲聾唖(もうろうあ)って打てば一発だ。』


『ははあ、例によって余分な知恵を…』


『でもそういうことを規制するのは 

おかしいと思わないか?』


『そういう文字を見て不愉快に思う人がいるわけですから…』


『しかし、文章を見れば

差別意識がないのはわかるだろうっ。』


『ほかの差別意識が一杯ですけどね…』


『なんだとっ?』


『まあまあ…』
















『しかし、こんな「芸術家」ばっかりになっていくのかねえ。』


『ハンディキャップがあっても、

芸術家として評価されている人はいます…』


『目が見えない書家とか…』


『いますよ。』




000000000000000000000000000000000_4

 

盲目の書家

酒井真沙(しんさ)さん(86)








『じゃあ、しゃべれない落語家。』


『その、「じゃあ」はやめましょうよ。 

明治時代の三遊亭円朝が「無舌居士」と呼ばれたり

立川談志が喉頭がんで声が出なくても高座に上がった 

なんて話はありますが…』








『佐村河内のせいで、こういう話題が笑えなくなったな…』


『別に笑わなくてもいいです。』





























では、『今日の、盲目のピアニスト。』











辻井伸行さん。 

すごいな、この人…


 

 

 

 

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2013年9月 2日 (月)

羽のない風力発電

風力発電のプロペラが折れた、というニュース。

(新潟日報の記事へのリンク)





















『えーと、新潟市の街中に作った、小型風力発電機の

羽が折れた、と。』

 

『老朽化してたのか?』

 

『いやあ、今年の7月に設置されたものらしいですけど…』

 

『じゃあなんで?』

 

『風が強かったらしいっすね。』

 

『……』

 

『……』

 

『じゃあ、羽がなきゃいいんだろ?』

 

『あ、絶対言うと思った。』























『ダイ○ンみたいな「羽のない扇風機」ってのが すでに

あるんだ。』



『…はあ。』         

 

00000000000000000000000000000000000 

まあ、不思議と言えば

不思議だよな
      







『いま、ビルに穴が空いている奴があるだろう。』
       

『…ありますね』

 

 

000000000000000000000000000000000_2兵庫県のSpring8の

管理棟

  

 
        

 

000000000000000000000000000000000_3
                        芦屋浜高層集合住宅

黒い部分が『穴』

       

           

           

 

000000000000000000000000000000000_4
香港のリゾートホテル

ザ・レパルスベイ








『なんで穴が空いてるんです?』



『芦屋浜集合住宅に関しては、穴の空いた階にブレースをかけて

建物全体をスーパーフレームにするのと同時に

穴のスペースを普段は子どもの遊び場、非常時は避難所にする

といったことだったらしい。』


『1979年の竣工でしょう。未来的じゃないですか。』


『ところがここは海辺なのよ。

海風が吹きさらして冬は誰も来ない。

風切りの騒音もひどかったらしい。

日本一有名な「失敗建築」だ。』






















『香港のホテルは?』


『これは、いかにも中国人らしくて

この場所にビルを建てると風水的に良くない。

穴を開けて気脈を通してやろう、と。』


『はあ…』


『これの竣工は1982年だったから、

日本も含めて

世界中が浮かれ上がっていたからなあ…』


『…はあ。』























『でも、いまの日本の、安い公共団地なんかでも

こんなふうに穴の空いたビルがある。』


『…なんで?』


『ビル風を拡散させる、とか

日影を落とさないようにするとか…』


『まあ、神戸にもありますね。』



『そこで、その穴にダイ○ンの扇風機』



『扇風機つけても発電しないでしょう…』


『あほう。風を受けてプロペラを回すから 

発電できるんだろう。 

プロペラがなくても風を受けられたら 

騒音もなくて最高じゃないか。』











『あの…』


『なんだ?』


『あのダイソンの扇風機。

ちゃんとファンがあるらしいんですよね。』


『え゛?』


『さっきの写真で輪っかの下の胴体の部分に

吸気口があるでしょう。』


『…ああ』


『そこから取り入れた空気をファンで加圧して

リングから流すらしいです。』


『じゃあ、この輪っかの意味は?』


『…えーと、扇風機のような波のない

安定した風が送れる…と。』


『じゃあ、将来このスタイルの扇風機が主流になったら 

こんなことは出来ないんだなっ?』

  

  

Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa




あーーー






















『発電機の話、どっか行っちゃいましたね…』


『…うん』






























では、『今日の一枚。』





















宮崎駿 監督、『引退表明』  

        

000000000000000000000000000000000_7
















まあ、2年後にはこうなってるよ、と

みんなが思っているところが、

愛された『寅さん』なのか?

 

 

 

 

 

 

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寅さんは死ぬまで働くんだけどな…

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2013年7月13日 (土)

悲劇の戦艦

7月12日は戦艦『河内』爆沈の日。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

Japanese_battleship_kawachi_at_anch        

戦艦『河内』

 

 

 

 

 

戦艦『河内』といっても、ほとんどの人が知るまい。

私も知らなかった。

 

戦争での活躍は皆無で、なにしろ竣工してから

爆沈までたった6年。

 

徳島湾で、謎の火薬庫爆発事故で沈んだそうだ。     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍艦の爆沈事故、というのは実はたくさん起こっており

日露戦争の連合艦隊の旗艦三笠も、凱旋観艦式の前に

謎の爆発事故を起こして沈没している。

 

(いま横須賀にある三笠は、それがサルベージされて、

シベリア出兵でまた沈んだのがもう一度引き上げられて

記念館として残されたもの。)

三笠、結構運が悪い。

 

 

河内に先立って竣工した巡洋戦艦『筑波』も横須賀で

謎の爆発・沈没事故を起こしているし

ワシントン軍縮会議で日本海軍が意地でも守り通した

戦艦『陸奥』は戦時中の昭和18年に

やっぱり、謎の爆発・沈没事故を起こしている。

 

 

どうも謎ばかりだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、この艦『河内』は日本の軍事史上で

非常に重要な「艦」なのである。

日本最初の『弩級戦艦』だったのだ。

 

 

『弩級』の『弩』は、ドレッドノートの『弩』。

大艦巨砲の象徴である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海海戦でロシア艦隊を完璧に破った日本海軍に

世界が瞠目した。

 

ただし、一部ではTSUSHIMAなんて世界の辺境だ、と

無視する動きもあった。

戦艦で世界が変わるかよ、と。

そんな金がかかるもんに投資できねえぞ、と。

 

実際金がかかって、後年の話になるが

軍艦の建造費は、

国家予算の1/3まで膨れ上がる。

 

 

 

 

 

そういった、列国海軍の戸惑いを

決定的に覆したのが

日本海海戦の翌年1906年に竣工した

イギリスの戦艦ドレッドノートである。

 

 

その砲戦力と速力は世界を驚愕させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1905年の日本海海戦の殊勲艦、三笠と

ドレッドノートを比べてみよう。  

Battleship_mikasa_from_jfs1906_cr_2   

三笠

(クリックで大きく)

 

 

15000トン、最大戦速18ノット(33km/h)、

12インチ(30.5cm)砲、連装砲塔2基、4門。 

 

 

 

 

800pxdreadnought_1906     

ドレッドノート

(クリックで大きく)

 

 

 

20000トン、最大戦速21ノット(39km/h)、

12インチ砲、連装砲塔5基、10門。

 

 

 

 

 

 

 

日本海海戦の翌年に、こんな戦艦を出してくるのが

イギリス、という国のおそろしいところだ。

 

砲力で倍、速力でも戦艦としては世界初の

蒸気タービンエンジンを積んだことで、

小型化、高出力が可能となり

三笠級の1.2倍以上のスピードが出せる。

もちろん巡航距離も伸びた。

 

後年の戦艦のように『背負い式』の主砲塔を持てなかったため

舷側にも主砲をおいているが、

正横方向なら、主砲8門を指向、斉射できる。

三笠の2倍だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんな艦が出てきたんじゃかなわん。』と

世界の主要海軍国は『大艦巨砲主義』に入っていく。

 

日本も例外ではなく、

『ポスト三笠』として建設された薩摩型

大型にこそなったものの兵装も速度も三笠級の延長で

とても近代戦に耐えない、としてワシントン軍縮条約で

廃艦になった。

 

 

 

 

 

反省を込めて、日本がつくった『弩級戦艦』が、『河内』。

二番艦が、『摂津』。

 

なぜ大阪?

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく重武装の艦ではあった。

800pxsettsu_diagrams_brasseys_1923

 

 

戦艦『摂津』

 

 

 

 

画像が粗いが、12インチ砲6基12門を備え、

排水量も21000トン、速力も20ノット、と大型化・高速化した。

 

 

『舷側に主砲があるのは旧世代だ。』とか言う奴がいるが

主線上に背負い式の主砲が配置できるようになるのは

1912年竣工の『超弩級戦艦』オライオン以降である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、1912年、第一次大戦の直前に就役した

河内型戦艦2隻は海軍期待の艦であった。

 

 

 

 

 

そして、これほど

運に恵まれない艦もなかった。

 

最初に述べたように、ネームシップである『河内』は

実戦に参加することもなく爆沈。

 

二番艦『摂津』も実戦には参加しなかったが

1923年のワシントン軍縮条約で、最新鋭戦艦『陸奥』を

生き残らせるために廃艦となる。

 

 

 

その『陸奥』にしてからが

太平洋戦争開始以来大事に大事にされていたのが

謎の大爆発で沈没。

      

『摂津』からしたら

なにしてんだ、ってなもんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『摂津』は廃艦以降、数奇な運命を過ごす。

 

まず砲塔が外される。

『廃艦』なんだから当たり前だが

外された主砲のうち、砲身長の長い前後甲板の主砲は

取り外されて、対馬要塞に移された。

 

そして、砲を外された摂津自体は

なんと『無人戦艦』になるのである。

 

Japanese_battleship_settsu_as_tar_2 

『無人艦』時代の摂津

 

 

いや、まあ。備砲を外されたわけだから

戦艦ではないのだが

この艦は『標的艦』として終戦直前まで生き残る。

 

なにが『無人艦』かというと、

この艦の後ろに駆逐艦がくっついて

摂津の艦長以下が無線で操縦する。

 

狙う方は爆撃機だったり巡洋艦だったりするのだが

『演習弾』といって本番の威力の1/20くらいのを落としたり

撃ったりして攻撃する。

 

操艦する方は無線操縦機を使って必死に逃げるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアルな戦艦で

そんなゲームが出来たら楽しいだろうなあ。

 

 

 

もちろん、まじめな訓練で

太平洋戦争開戦3年前から始められたこの訓練は

緖戦の日本海軍の快進撃を支える

貴重な訓練になった、という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対馬に行った主砲はどうしたか?

 

実は、海軍の軍艦の主砲が

陸軍の海岸要塞に行ったという例は

この、『摂津』ばかりではない。

 

ワシントン条約による軍縮だけではなく

旧式化した戦艦の主砲が続々移転され、

戦艦だけで

『土佐』『生駒』『鹿島』『赤城』『伊吹』

などの備砲が

全国の『海岸要塞』に移された。

 

00000000000000000000000000000000000     

 

対馬要塞の

15cm砲台の跡

 

 

 

 

 

 

ペリーの蒸気船で『太平のねむり』をさまされた日本は

『海防』に熱心だった。

 

『東海道線』は、東京湾を出て太平洋岸に出ると、

途端に海から遠ざかる。

東海道線で海岸沿いを走る場所、というのは

実はほとんどない。

軍が敵の艦砲射撃を嫌ったからだ。

 

 

 

 

 

 

東京湾の入口の城ヶ崎、大阪湾の淡路島由良、

そして、対馬海峡と関門海峡の要地、対馬。

その他、日本本土、北は千島から南は沖縄、台湾、朝鮮半島にも、

あわせて数十カ所の海岸要塞が作られた。

 

その全てが、本来の役割である

敵艦射撃をすることなく終戦を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、撃っていても確実に圧倒的に撃ち返されるから

それで良かったのかも知れないが、

この、戦艦摂津の『主砲』移転のように、昭和時代に入って、

太平洋戦争開戦10年前に据え付けている大砲もある。

 

そして、戦艦の主砲の移転というのは

単に土木工事としても

とてつもなく手間がかかることなのだ。

 

『戦艦』というのは『巨砲を運んでぶっ放す艦』である。

そのことに特化していて、ここまで機能に忠実な機械

というのは、気持ちいくらいだ。

 

だから戦艦の主砲、というのは甲板の上に見えている

砲塔の部分だけではなく、それを回転させ

仰角をつけ、重さ何トンとある砲弾を次々と揚重するために

ほとんど艦底に達するくらいの下部構造物がある。

 

000000000000000000000000000000000_3

大和ミュージアムにある

沈没した大和の現状

右下と船体右に

見えるのが

抜け落ちた砲塔

 

 

あんまり大きくて重たいから転覆した時に

抜け落ちちゃったらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

こんな巨砲を陸上に移設するだけで大変で、

地下工事も含めて大変であったらしい。

 

海軍砲は陸軍砲よりも口径が大きく射程が長い。

特に摂津の主砲は、50口径という長砲身で

元々射程が長いものをさらに仰角を大きく(上向き)に

出来るようにして射程を伸ばした。

 

対馬要塞には20カ所以上の砲台があり、

200門以上の大砲があったのだが

旧式化した陸軍砲が大半で、とてもこれでは

海峡の制圧など出来ないと思ったらしい。

 

従って射程4万メートルの海軍砲を導入し

そのための光学測遠儀、電気式算定具、照準機を

新設して昭和に入ってから全国の主要要塞で

大試験を行っている。

 

結果は『良好』だったそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、一発も撃たなくてようござんした。

でも、もし『本土上陸』なんていうことになっていたら

確実に発砲し、全滅していたはずなのだ。    

 

 

たとえば日本陸軍は『水際作戦』で殲滅した

サイパンでの『戦訓』を活かし、

敵の接近までは水中に潜行し、上陸用舟艇が近づくと

浮上して37mm砲をぶっ放す『浮沈式特火点』というのを

まじめに研究していた。

(『特火点』というのは日本陸軍独自の用語でトーチカのこと)

つまり敵前でぷかりと浮かび発泡する潜水艦。

 

潜水艦とか魚雷とか空母を『陸軍』が持っていたあたり

日本軍が狂っていた証拠だと思う。

 

乗せられる兵隊こそいい面の皮で、一発撃ったら

圧倒的な艦砲射撃を浴びる。

全滅だろう。

 

 

特攻兵器の一種でしかなく、

しかも浮かび上がれるならまだ良し、

テストの時には浮上に一時間以上かかり

乗員が酸素不足で死にかけたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

いまでは、砲こそないが、対馬要塞を始め

いくつもの海岸要塞が遺跡として残っている。

 

あんまり幸せじゃなかった『河内級戦艦』・摂津のためにも

もって瞑すべきであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の戦艦陸奥。』

 

 

 

 

 

 

 

沈没前の陸奥

000000000000000000000000000000000_4     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広島、柱島泊地、というから

連合艦隊の懐の深奥部で爆沈したこの戦艦は

戦時中には引き上げられなかった。

 

損傷が大きかったのと、1943年の段階では

戦艦のサルベージなんかやってる場合じゃない

ということだったらしい。

 

戦後になって引き上げが始まり備砲の大半は

引き上げられている。

 

これは、それとは別で1935年、

第二次改装で交換された陸奥の主砲身。 

従って実戦で発砲したことはない。

 

 

000000000000000000000000000000000_6    

 

撃たないで済むなら

大砲なんて

撃たない方がいいさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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