そんな時代もあったよね

2008年6月16日 (月)

『トレノ』って今もあるのかなあ?

今日散歩してたら『トレノ』を見た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからどうしたといわれると困る。

私が見たのは『私が学生時代に見ていたトレノ』

である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからなんだといわれるとすごく困るが

要するに『25年前の車』なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は車を持っていないので

興味がないが

 

 

25年前は『当時道路上を走っている

すべての車を知っていた。』

 

 

 

 

 

 

 

うそじゃないよ。

ほんと。です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから今の車は答えられないが

あの当時の車は答えられる。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、自分にも意外だったのは

『かっこいいじゃん、トレノ』

不覚にも思ってしまったことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車のデザインには技術の進化

『パーツの継ぎ目をどのくらい縮められるか?』

とかいう課題のほかに

流行がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの頃の角ばったデザインが

ちょっとかっこよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乗ってる人がどう思ってるか知らないけどね。

旦那はともかく嫁は

『もう、こんなハンドルの重たい車、やだ。』と

言ってるかもしんないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、あの頃の車って今見ると新鮮だよね。

 

 

 

 

 

 

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2008年6月12日 (木)

バブルの頃にはあったよな

うわあ、恥ずかしい。

 

 

 

 

 

  

 

まあ、お客さんこちらの記事を読んでくださいよ。

(読売新聞の記事)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さかりがついた男女を船に乗せ

いいタイミングで

花、指輪、と

攻撃を繰り出した後で

明石大橋のイルミネーションの下で

プロポーズ、だそうだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成約率100%。

クルージングの成約率ではなく

婚約なり、結婚にいたった率だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし記事の内容をよく読むと

疑問がわいてくる。

 

 

 

 

 

『・・・明石大橋が近づくと、スタッフが合図を送り、

男性が女性をデッキに連れ出し、

夜景をバックにプロポーズ。

男性の成功サインを確認したスタッフがフロアに戻った2人に

乾杯用のワインと、

「おめでとう」と書かれたデザートを届け、

バンドの生演奏で祝福する。

乗船時間は1時間45分で、1組3万~5万円。』

 

 

 

 

 

これほどのシチュエーションを用意されて

プロポーズを断る女の神経というのは理解できないが

まあ、そんな人もいるだろう。 

 

 

 

 

 

 

 

それ以前に雨だったら金を返してくれるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、今日のデート中止ってどうしてよう?』

『雨だからだよ』

『えー、たいした雨じゃないじゃん。行こうようクルージング』

『だって雨だと、ろうそく消えちゃうじゃん』

『えー?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それより心配なのは

振られたときスタッフはどう対応するのか?

  

 

 

 

 

 

 

 

 

『おめでとうのケーキ中止だってよ』

『何だよあいつ振られたのかよ。』

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

『おおい、生演奏中止だ。』

『何でですか?』

『あいつ振られやがった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタッフに知られちゃうところが、なんとも情けない。

 

 

 

 

 

 

 

振られたとして、

船を降りるまでのさまざまな気まずさといったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女に対して、とか

スタッフみんなが笑ってんじゃないかとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう明石海峡に飛び込んじゃうよ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜景クルーズに呼ばれた時点で

女性としても船会社としても

OKなんだろうが、

 

 

 

 

 

 

 

『成約率100%』って読売新聞が

囲み記事にするのはどうだろう? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『100%』じゃプレッシャーがかかるじゃないか。

振られたら責任取ってくれるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから読売新聞がさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

19歳の男が20歳の女にこんな手でプロポーズするなよ。

                

 

 

 

 

 

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2008年5月25日 (日)

千葉市4位の相撲少年

昨日の日記で相撲についてえらそうなことを書いたが

 

 

 

 

 

ちゃんと理由がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は私は相撲で千葉市4位だったことがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学3年の夏休みの話であった。

 

 

うちの中学には当時すでに相撲部はなかった。

それでも毎回千葉市大会には参加していて

そこには柔道部が参加していた。

 

 

 

 

 

ところがその年は相撲大会と柔道の大会の日程が重なり、

当然、柔道部は参加できないことになった。

 

 

そこでリタイアしないのがうちの中学の変なところで

部活をやってない連中を集めて、臨時の相撲部を作り

参加することになった。

 

 

 

 

集められたのが私をはじめとする3年D組の6人で

全員部活をやっていないというのだけが共通点で

相撲はもちろん運動全般はまったくだめな連中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまから思えば、

レギュラーじゃない柔道部員を出したほうがまだましだったはずで

なぜ、運動音痴の連中を集めたのか

なぜ、3-Dだけだったのか不思議なのだが、

 

 

部活をやってないわれわれに

3年の夏休みの思い出をくれようとしたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、急ごしらえの臨時相撲部は編成から2週間

まわしの締め方と、すり足の練習だけして

試合に臨むことになった。

 

 

 

 

 

何しろ基本中の基本『股割り』をやらせると

全員が痛さのあまり悶絶するという体たらくで

しこを踏ませると、ぺちっぺっちっと

情けない音を立てるのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

そんなだめだめなメンバーの中で

私も運動神経はまったくなかったが

馬鹿力だけはあったのでひそかに期するところがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてそうして望んだ試合当日。

相撲大会の観客は少なかったが、

会場は国体をやった屋根つきの立派な土俵であり

大変緊張した。

 

 

 

 

 

当時でも中学生に相撲人気は低かったが

わが校以外はみんな本気相撲部

あんこ型の立派な体をしてらっしゃる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやつに個人戦で当たったらまったくだめで

まわしをとる前に突き出されるか、

まわしをとってもびくとも動かず

ああっという間に寄り切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも団体戦では私が勝利をあげ

みごとわがF 中Aチームを『千葉市4位』に導いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が千葉市4位の相撲中学生だったというのは事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに

 

 

 

 

参加チーム5チーム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも5チーム中2チームが、うちの中学。

あまりの相撲人気のなさで参加校は千葉市全体で4校。

 

 

4位5位、といえば聞こえがいいが

要はドベとブービーである。

それがうちの中学。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

うちのチームが4位になったのは

私の1勝があったからというのは事実だが

その相手はうちの中学のBチームの大田君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参加しないほうがよかっただろうという戦績。

柔道部の補欠のほうがよっぽどよかったはずだ、

と書いたのもわかるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、でも楽しかった。

ありがとう篠崎先生。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで相撲は好きです。

 

 

 

 

 

 

あんまりくわしくはないけどね。

 

 

 

 

 

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2008年5月12日 (月)

痛風は天才?

10年ほど前、痛風になったことがある。

最初足の甲が腫れてきたような気がして

次第に痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風が吹いても痛い」という痛風だから

やがて歩くのにも支障をきたすようになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛風の原因は、ビール、かに、うになどに含まれる

プリン体というものが尿酸に変化し

その結晶が神経を刺激するためだそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何しろビールや肉が原因だから

贅沢な食生活が原因ということで

『贅沢病』とよばれるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とlころでこの痛風だが

「尿酸が体内に豊富で、痛風に苦しむ人には天才が多い?」

という説があるのだそうだ。

 

 

 

 

 

詳しくはこちらをどうぞ。

 

 

 

 

 

この記事によると

『アレキサンダー大王、ルイ14世、ミケランジェロ、

ダヴィンチ、ニュートン、ダーウィン・・・』などが

痛風だったという。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

むふー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、『社長や大学教授には、痛風に悩む人が多い』

という一節を読んで『この説はうそだ』と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜなら社会的成功とは縁がないから。

 

 

 

 

書いてて悲しくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、痛風には特効薬がある。

 

 

 

 

 

 

痛みがきつくなってから、会社が契約しているお医者さんに行った。

 

 

 

 

 

お医者さんはおじいさんで

聴診器を当てる手つきもおぼつかないのだが

私が「足の甲が痛くて」というと

それだけで「あ、痛風だね。お酒飲むでしょう」

すぐさま言った。

 

 

 

 

そして、「これ特効薬。」といって錠剤をくれた。

飲むとあれほど痛かったのが、2時間くらいで

ぐんと楽になった。

 

 

 

 

 

尿酸を溶かす薬で

今でも名前を覚えてる。

「コルヒチン」という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実にあのおじいちゃん先生は

名医だったわけだが

 

 

 

 

  

この話だけでも『痛風=天才』説がうそだとわかる。

薬飲んで直るんだったら、天才消えちゃうじゃん。

逆ドラえもんだな。

天才が消えちゃう薬って。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく私の場合は、原因はビール。

当時はむちゃくちゃ飲んでいたのだ。

 

 

 

 

ちなみにかにとかうにとか、高い食べ物は食べてません。

それで痛風。

 

 

 

 

 

どんだけビール飲んでたんだって話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビール飲んで天才になれるんだったら楽だよなあ。

 

 

 

 

 

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2008年4月29日 (火)

それぞれの昭和

『昭和の日』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと昭和天皇の誕生日。

ちなみに、競馬の天皇賞がこの時期行われているのは

こういう理由があったのだよ。

平成も20年になるとこういうことがわからない人が出てくるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて私は昭和生まれだ。

39年生まれだから昭和ど真ん中といってもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもうちの両親も昭和生まれだし

今就職活動をしている大学生だって昭和生まれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何しろ、昭和は60年以上あったので長すぎるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界恐慌

太平洋戦争

高度成長

石油ショック

バブル景気

 

 

 

 

 

 

全部昭和だ。

天皇陛下という、一人の人間の寿命で時代を区切ることに無理が

あるのはわかるんだけど、それゆえに意味深だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和を代表する人は?(天皇陛下を除く)

というのは難問だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば歌手なら誰だ?

美空ひばりか?

山口百恵か?

戦中派以前は知らないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは64年分あるのだ。

正解なんてありえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

戦前派と

戦中派と、

団塊の世代と

私らと

団塊ジュニアと

それ以降の若い衆は

『昭和生まれ』という点で共通している。

 

 

 

 

 

 

いずれ20年もしたら仲良く酒を飲めるようになる

かなあ?

 

 

 

 

 

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2008年4月27日 (日)

大垣快速

ゴールデンウィークである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自営業だから関係ないもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GWはともかく、私の地元は千葉なので

『帰省』ということをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

免許を取る前は当然鉄道である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新幹線で帰ったこともあるが

毎回では学生の分際で贅沢である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度、普通列車だけで帰ろうとして

えらい目にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が学生のころ、地方には長距離普通列車があったのだが

東海道線には、もうそんなもんはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪から米原、大垣、豊橋、浜松、掛川と

小刻みな継投で愛知県を出るまでに6時間以上かかって

結局、掛川からこだまにのって帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに節約するために

『大垣夜行』に乗ったことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岐阜県の大垣から東京までの快速列車。

 

 

いまは『ムーンライトながら』として季節運行されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大垣は関西からだと新快速でぎりぎりつける限界。

大垣を夜11時半くらいに出て東京に朝早くつくのが

『大垣快速』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく大垣快速は、特急運賃も寝台運賃も要らない

(車輌は全部普通車)ので18切符族をはじめとして

若人に大人気の列車だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が大垣快速に乗ったのは大学2年のころ

つまり19のころだったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大垣に着くとすでに列車は入線していて

席がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、みんなボックス席を占領して寝ているので

乗車人数の割りに空き席がないのだ。

(今のムーンライトはもっとすごい人気らしいが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15両ほどもある列車を1往復半して

やっと横になれるスペースを見つけたが

斜め後ろで、サラリーマン1年生らしい連中が

酒を飲みながら上司の悪口をして

実にうるさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間ほどたってやっと静かになった。

さらに、この列車快速なんだけど

途中駅をひどくはしょってくれる。

さらに、途中から車内アナウンスをしないようになって

眠れるように配慮してくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やれやれと思って横になると静岡についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、駅弁屋さんが現れたのである。

快速列車の中には車内販売はない。

そこでの登場なのだろうが、

停車時間は2分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15両分の車輌を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

『弁当ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおう』と

ドップラー効果を感じるくらいの猛スピードだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやほんと、ワゴンを押して

ホームの端から端まで駆け抜ける弁当売りには

目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ちっとも寝られないで東京に着いて

あれからもう『大垣夜行』には乗ってません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若いうちじゃなきゃ乗られないよ。

 

 

 

 

 

 

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