そんな時代もあったよね

2015年12月20日 (日)

白熱電球とレコード針

白熱電球に続いて蛍光灯もなくなる、というニュース。 

(朝日新聞の記事へのリンク)






2008年、いまは21カ国でやっている 

COP気候変動枠組条約締約国会議)がまだ3カ国でやってたころ

『日本にも省エネの心意気があるところを見せようぜ。』と 

政府がメーカーに、省エネ機器の採用を求めたのが始まり。



具体的には『トップランナー制度』というもので行う。

まずエネルギー消費機器を、いくつかのカテゴリーに分ける。

そして、カテゴリーごとに

その時点で最も省エネ性能が優れた製品を指定し、

生産、流通する機器の性能をそこに合わせる。

つまり、『トップランナー』未満の機器を排除することで

全体の水準をあげようとする制度。


2008年の段階、『照明機器』では、

白熱電球と蛍光灯が同じカテゴリーだったから

2012年までに、省エネ性能に劣る白熱電球が消えた。

今回、蛍光灯とLEDをひとつのカテゴリーにすることにしたため

蛍光灯もなくなることになる、と。







まあ,タイトルで言ってしまっているので引っ張ることはないのだが、

『そんなに急になくなるもんかなあ。』と思ったのです。

だから、この文章を書きはじめたのだが、

本当に、白熱電球はなくなってしまっている。



日本で初めて電球の量産を始めた東芝が、2010年に生産中止。

(家電Watchの記事へのリンク)

パナソニックなど、ほかのメーカーも2012年度いっぱいで生産中止。

(これも家電Watchの記事)

したがって、2015年現在、日本の主要メーカーは、 

家庭向け一般の白熱電球を生産していない。

輸入も禁止なので、電器店にあるデッドストックが尽きたら 

ヤミで買うしかない。






00000000000000000000000000000000000





おにいさん 

電球いらない?






あるいは、こんな味のあるメーカーが細々と作っているらしいから

南大井まで行って買うしかない。

(イエス株式会社(HPじゃありません))




 

 

で、


いくらなんでも、こんな入手方法しかない訳はなく

ここまでの話は大げさです。

小口径で、店舗照明に使われることが多い

ミニクリプトン球やハロゲンランプ(自動車のヘッドライトもこれ)

さらにクリアランプや耐震用照明、信号用照明など

機能性をもつ白熱電球と装飾性の強いものは、

大手メーカーでも生産が続けられている。

000000000000000000000000000000000_2




じつは、さっきの記事にも載っていた写真。

代用が利かない648種類の機種については生産継続。










そんなことよりも、

経済性だ省エネだ、ってことで 

せっかく味のある白熱電球を

なくしてしまうのは惜しい。











みんな、黄色くて柔らかい白熱灯の光が好きなんでしょう。

蛍光灯にもLEDにも、『電球色』なんていうのがあるじゃないか。




00000000000000000000000000000000000
まっすぐな管でやられると

下痢してそうな色



まっすぐでいいはずの蛍光灯を

ぐりぐりと捻じ曲げて「電球型」にしてたりするじゃないか。



000000000000000000000000000000000_2


そこまでして

『球』になりたいか?






000000000000000000000000000000000_4

だから、そこまでして

『丸く』なりたいのか?










LED照明も、やっぱり丸くなったり

色を電球色に近付けようとしたりしている。

000000000000000000000000000000000_5

『はやく電球になりたい。』

左から白熱灯、蛍光灯、LED







もっとも、白色LEDが開発されたのが1996年で

『照明』としてのLEDの歴史は、まだ20年にもならない。

形や使い方など、いくらでも進化していくんだろう。

既に広告だか照明だかわからないようなものは、たくさんある。

(LED照明推進協議会のサイトへのリンク)







だから、まだまだ値段が高いし

そもそも、そんな歴史しかない奴に

『照明の未来』を

すべて背負わせていいのか?

という気もする。






みんな電球が好きなんだろ?






温暖化対策は御説ごもっともだけど、

天に唾しない程度に、

白熱電球を使ってもいいんじゃないかなあ。















同じような経緯を踏んで、『復活』しつつあるのがレコードだ。


かつて、音楽を聴くことがアナログレコードを掛ける、ということと

同じ意味だった時代があった。

直径30㎝のLPが、1分間で33回転しながら30分再生してくれる。

直径17㎝のEPが、1分間に45回転しながら15分再生してくれる。


ところが1980年代にCDが登場すると、

レコードは、その市場を失っていく。


歌謡曲の新譜がレコードでは発売されなくなり、ソフトとして

消えていくとともに、レコードプレイヤーなどの

再生機器が消えていった。


貧乏学生だった私も、日々壊れていくプレイヤーを

たとえばターンテーブルを回す、

ゴムのプーリーがカピカピに硬化して千切れていくのをいくのを

輪ゴムで補修しながら使い続けていたものだ。


どうしようもないのが針で、これをつくるメーカーが

国内では一社だけになってしまった時、

マニアが買いだめしている、

なんてことが新聞記事になったりした。






ところが時代が経って、

音楽がダウンロードだのデジタル配信だのといった時代になって

もはや誰も、音源ソフトをもたなくなってしまってから、

アナログレコードが復権してきたそうな。


だからもちろん、レコード針を生産するメーカーは

国内にいくつも増えた。









これを『復古趣味』と言ってしまうと、

とたんにつまらないが、

電球も復活するんじゃないだろうか。



もちろん、『部屋の照明』という機能的な意味としてではなく。

だから、ガラスを白く塗装して眩しくないようにしたものではなく

クリアガラスで、フィラメントが見えるやつ。

それだったら、裸電球でも手許にあっても好ましい。


もちろんシェアの圧倒的な部分は、LEDでかまわないし

そうなっていくんだろうけど、電球も復権してほしい。




まあ、エコも大切だけど、

何か、温かみも欲しいよね。




マッチ、なんていうのももう見ないけれども

マッチ売りの少女に、客が殺到する時代が来るかもよ?




















では、『今日の「マッチ売りの少女」。』















『ぎんぎらぎらぎらぎらぎらぎら さーりーげーなくー』って…


マッチだし…



>>にほんブログ村 その他日記ブログへ    

(クリックしてくださいな)  








| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月17日 (木)

優先座席の日

9月15日は、日本で初めてシルバーシートが作られた日。 

(Wikipedia 優先席)




1973年(昭和48年)に国鉄中央線快速列車に作られた。

当初は、シルバー色のモケットを貼っていたからこの名称で

そのイメージから『高齢者優先』というイメージがあった。



そこで、

身障者や怪我をしている人も対象であると強調されるようになり、

2006年には、マタニティマークというものも制定され

妊婦も対象としてアナウンスされるようになった。

 

000000000000000000000000000000000_2


マタニティマーク

 

000000000000000000000000000000000_3

うそ、ごめん
 

ほんとはこっち。




2000年からは、『女性専用車』というのも

各鉄道に導入されるようになる。








『シルバーシート』の名称は国鉄が最初だが、私鉄の中には

別の名称、あるいは座席を指定せずに

『体の不自由な方に席を譲りましょう。』という呼びかけを

行っているところは、それ以前からあった。


さらに古く 明治時代には、満員の市電やバスで学生などが 

椅子に座っていると、 

まったく知らないおっさんが、 

『君、席をあけ給へ。』 

怒鳴ってきたという。



あー、暑苦しい。












で、

長い歴史を持っている割には、こうした制度はまだ、

日本の市民に、血肉として消化されていないような気がする。



『座席のやり取り。』がスムースにいかないんですね。


私がはじめて、バスでお年寄りに席を譲ったのは、

中学生の時だったと思う。


バス通学をしていたので乗っていると、帰りがけの車中には 

いろんな年代の人がいる。 

その中で、座席の背もたれにつかまって、ふらふらしている 

おばあさんがいたので、彼女に席を譲った。

それだって大変で、 

お婆さんが乗ってから6つ目ぐらいのバス停を越えた時だった。 

あんまり恥ずかしいから、『あのっ。』と声をかけて 

あとはセリフが続かなくて手のひらで座席を指した。


お婆さんは、意外そうな顔をしていた。

そりゃそうだ。

長距離バスじゃなく、市街地をこちょこちょ走るバスだ。

乗ってすぐならともかく、6つもバス停を過ぎていたら、

彼女が下りるバス停は、ほんの2つ先だったかもしれない。


それでも、お婆さんは、この、

顔を真っ赤にしている童貞に恥をかかせるまい、

と思ったらしく軽く会釈して席に着いた。

その場にいるのは恥ずかしかったので、

さも用事があるかのように、すぐにバスを降りてしまったから、

彼女がどこで降りたのかは知らない。



そのあと、知らない街で呆然とした。









譲る側の心の葛藤はそれ以外にも、『通勤で2時間かかる』、

ということとなれば、『席を譲りたくない。』という心理が

当然出てくる、ということである。


それに加えて、『優先されるべき対象者』である

高齢者、女性、妊婦のなかに、

『譲ってもらって当然。』という態度を

あからさまに取る連中が一定数以上いることだ。



これが、優先席に対する一般の視線を冷たくしている。



座席で寝ている一般客の脚を、杖で張り飛ばすくそ爺だとか

女性専用車に乗り込んだ男性に罵声を浴びせるブスとかがいる。

(女性専用車は痴漢を未然に防ぐためのもの。

『女性しか乗れない車両』ではありません。)










こんな奴、ほんまにおるんかいな、という気がするが

『優先』といわれると、『権利』だ、と勘違いする頭の弱い人がいる、

ということだ。






このおばはんは、『馬鹿で強烈な勘違い』だとしても、

マタニティマークに至っては、妊娠していないのに

それを身につけて、これ見よがしに脂肪しか入っていない腹を

男性客に突き出す人間の屑がいるのだという



マタニティマークの正規の入手方法は、

市区町村に妊娠届出書なるものを提出する際、

母子手帳と一緒にもらうことができる、というもの。


出産しても返還義務はなく、処分は母親の良識に任されるのだが

これが一部の不届き者によって、

妊娠していない友人・知人に譲渡されたり

もっと不届きな者どもによって、

ネットオークションにかけられたりしている。


2015y09m16d_220724045













(クリックで大きく。っていうか『マタニティマーク オークション』で 

検索したらいくらでも出てきます。)







これは許せないなあ。

こんなことをしていたら、妊婦一般に対する世間の信用を

陥めるけだ、ということを、

このマークを161円で落札する馬鹿は一切考えないんだろうな。




明治時代からある、『弱者優先』の思想は
 

100年以上たった21世紀のいまでも、 

ちっとも成熟していない、ということか。













『ということでだな。』



『久しぶりですね。』


『「優先席」と、一般席が同じ料金の

同じ車両にあるから問題が起きる。』


『特急車だとグリーン車、私鉄でもJRでも

ある程度距離の遠い区間では、朝夕の通勤時間帯の列車に

座席指定券を売りだしたりしています。』


『しかし、近距離や停車駅の多い通勤車両では無理だ。』


『まあ、ね…』


『だから、全部座席車にする。』


『はい?』


『山手線を「お座敷列車にしちまえっ』


『まてまてまてまてっ。』


『だから、車両にじゅうたんを敷いて全員座って乗るようにすれば 

「席を譲れ」だなんだ、というくだらない騒ぎは起きない。』


『靴はどうします?』


『入り口でビニール袋をもらってその中に入れる。 

寺や、お城なんかにはそんなところがいくらでもあるだろうっ。』


『しかし、坐って乗るんじゃあ密度が低くなるでしょう。』


『痴漢がしにくくなって、いいじゃないか。』


『あ…』


『しかも座って乗るんなら、天井高さは2m以下でもかまわん。

2階建てにすれば、今以上にたくさん詰めるぞ?』


『おお…』


『山手線みたいに、しょっちゅう扉が開く電車じゃ

無理かもしれないけど、

40分も停まらない快速列車とかだったら 

ありうるんじゃないかなあ…』


『朝の通勤列車で床に坐ってる高校生とかいますからね。』


『な?大人もやればいいんだよ。』


『しかし…』


『うん?』


『奴隷船みたいですね…』


『うーん…』
























では、『今日の通勤列車。』












でも、こんなんじゃ無理だよな。

000000000000000000000000000000000_4



こんな通勤、いやだ。







インドあたりの通勤列車。

 




>にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 2日 (水)

十二階の日

9月1日は関東大震災の日。

この日は浅草の凌雲閣 (十二階 )が、倒壊した日でもある。

1923年(大正12年)のこと。

 

0000asakusa124_2






9階から上が倒壊で消滅






 





浅草凌雲閣は、1890年(明治23年)に浅草六区に出来た。

Fuzoku01_2


浅草寺の北西

ひょうたん池の向こう






今で言うとどこか、というとこのあたり。

Map2_2



クリックで大きくなります。









建設跡地にある銘板。

0000asakusa1212




クリックで大きくなります













地上12階、高さ52.4m。

地上1階から10階まではレンガ造。

地上11階から12階までは木造。

1階から8階までは展望回廊。

9・10階は貴賓室。11階は展望室・照明機械室

12階は屋上展望室。

建坪(塔部分のみ)122.31㎡。


これが地震によって、6階から8階にかけて崩壊。 

そこから上部が崩落。 

さらに、地震直後に火災が発生。 

その後爆破解体された。

もう、踏んだり蹴ったり藤原鎌足。







しかし明治23年当時、

帝都に12階建という建物は まだなく、

その圧倒的な高さはまさに『雲を凌いだ』



00000000000000000000000000000000000









クリックで大きく








0000asakusa123



なんか傾いてないか?









傾いてはいなかったらしいが、

地盤が軟弱なのはピサの斜塔と同じ。


この建物が、何故崩壊したか、

倒壊を防ぐにはどうしたら良かったのか、について

建設会社の鹿島が、一般向けのHPで解説している。

(仮想プロジェクト 浅草凌雲閣を救え! 鹿島のウェブサイト)




『軟弱な地盤が揺れを大きくした。』

『レンガ造では、曲げや剪断に対する余裕がなくて

限界を超えちゃった。』という結論はわかるが、

倒壊しないための解決法として

『地盤改良をする。』というのはともかく、 

『アクティブ制震装置をつければ大丈夫』というのは、

卑怯だと思う。









この建物の設計者はウィリアム・バルトンさん

というイギリス人。 

多少建築に詳しい人なら、

『そんな奴しらんなあ。』というだろう。 

実際、バルトン先生の設計した建物で有名なのは 

この浅草十二階だけである。


『倒壊した建築の設計者』としてしか

知られていないのは

かわいそうだがちゃんと理由があって

この先生の専門は建築ではなかった。


この人は、近代上水道建設のために、

明治政府が招聘した お雇い外国人だったのだ

 
水道屋さんが何故、レンガの塔の設計をした

か、というとこんな理由。


江戸時代の水道のように、

樋や管に勾配をつける『流下式』だと

配水面積が小さすぎるし、

地形によっては配水できなかったり

地下水や下水が侵入してくる危険があった。

したがって近代水道では配管内の水に

圧力をかけることは絶対の条件だった。

配管内に圧力をかける手っ取り早い方法が

高さを利用すること。

今でも、皆さんの街の高台に、

給水塔というのがあると思う。

 

Tank



知らないとびっくりする






こうやって、街の高台に給水所を造り、

さらにこのような塔を作って配水する水を上げ

高低差によって水圧をかける。

写真の給水塔は鉄筋コンクリート造だが、

昔はレンガ造だった。

特にヨーロッパには

お城の櫓のように立派な給水塔がたくさんある。


Mannheim


ドイツ、マンハイムの給水塔

どこのお城だ?







Photo




日本だって負けてない。

世田谷の駒沢給水塔











バルトン先生は、水道の専門家であると同時に

当時の日本では

『塔の第一人者』でもあったのだ。











ところが、展望塔と給水塔では、

用途が違うわけだから、

構造などいろいろ違ってくる。

Plan2





立面図と

各階平面図。












各階に展望歩廊があるために、8面ある各辺には

2つの窓が開けられており、大変開放的だ。

しかし、これでは鉛直荷重を支えられないので、
8つの頂点にバットレス(袖柱)を作って、

これを支えている。

これだけみると、ステンドグラス輝くゴシックの聖堂だが

あれが倒れないのは、ヨーロッパに地震がないから。

あいにくと日本は地震国なので倒れた。



さらに、


各階にスラブを張るのは、建物の耐力を高めるが

建物の性質上、階段が必要で、

中央部に直径4m弱の穴があって螺旋階段がある。


さらに、この建物にはエレベーターがあったので

1間×1間半の3畳の籠を通すための12㎡くらいの穴が

やっぱり開いていた。



Main_ryounkaku_03

 

 

 

2階から8階までの『基準階』には、階段、EVと廊下しかない。

途中階の廊下を歩く人がどれだけいるんだろう。


途中階に、土産物屋や 飲食店があるもんだと思っていたが

12階の案内広告など見ると、

そんなこともなかったらしい。


12kai









クリックで大きく


















そして、この建物が画期的だったことには、

日本初の エレベーターが設置されていた、

ということ。

0000asakusa128_2














クリックで大きく





























籠の上下は、麻の荒縄。

巻き上げ機は1階。

 

今日からみると、不思議なエレベーターである。

乗客が乗る駕篭は、畳3帖のスペースがあり、

1帖分にはふとんが敷いてあった。


5㎡という駕篭の大きさのばかばかしさにも笑うが

客が床を延べていたあたり、

舟遊びのように『過程』を愉しんでいたのだろう。


店舗がないから、各階に停止する必要はなく

停止階は1階と8階(最上階)だけだったらしいのだが、

カウンターウェイトのかわりに

客用の駕篭を乗せていたことで

2台の籠のタイミングが合わないと運転できなかった。

時間を気にしない、というあたりも舟遊びっぽい。


しかし、

こんなかったるい運転をやっていたことや

麻縄で運転したのでロープが切れそうになったり、

イギリスから輸入した巻き上げ機がすぐに壊れたりして、

トラブルが続出した。


そのために、開業翌年の1891年には警視庁から、

『エレベーターを使っては罷りならぬ。』という

処分が下される。








『12階』に階段で上がろうとする奴はいなくて、 

凌雲閣は、勢いよくすたれていく。

さらに、この建物があった、『千束』という地区には、 

天下に轟く魔窟、吉原があり、

治安がよろしくなかったこともあって、

人気がなくなると、

一気にアンタッチャブルな色彩を帯びていく。


凌雲閣の運営会社は、

あわてて1階部分に劇場や土産物街を作ったり

『百美人』と言って、今日のミスコンのようなものを開いて

客を呼ぼうとする。


そういった再建途上に起こったのが関東大震災。

震災で折れちゃっただけでなく、

火災で設備内装の一切が失われ、

運営会社も再建の意欲を無くしていたから、

震災3週間後の9月23日に陸軍に依頼して、

爆破解体された。


一度の爆破では完全には崩れず、爆薬を再設置して

2度目の爆破で崩したそうである。


13年の短くて

そしてあんまり幸福ではなかった凌雲閣の生涯にとって、

せめてもの意地とでもいうべきか。



























では、『今日の超高層とスカイツリー。』













そうはいっても、開業当時の凌雲閣は、大変な人気を集めた。

なにしろ、帝都一の眺望だ。


遠くは筑波から富士山までを一望のもとに納め、

これまで江戸、東京の市民が見たこともないような高みに

観覧者の視点を引き上げ、夜景はひとびとを魅了した。


さらに建物自体も内部から百数十カ所の窓から明かりが漏れ、

11階のマストにつけられた屋外照明によって、

建物全体が暗色の明治の夜に、煌々と浮かび上がった。


凌雲閣が人気を失ったのは

エレベーターが使えなくなったからかも知れないが

『景色だけ』というアピールポイントだけでは弱かった、

ということもある。

不振になってから、あわてて劇場や物販店舗をつくったあたりに

戸惑いが見える。








スカイツリーなんてのも、どうなるんだろう。


先日、東京駅のすぐそばに、高さ390mの超高層ビルが

2027年度に完成する、というニュースがながれた。

(NHKニュースへのリンク)


このビルの最上階は、スカイツリーの第1展望台(350m)よりも高く

今ひとつ影が薄い、『いまのところ日本一』の あべのハルカスを

あっさりと上回る。

(悔しがる大阪人 J-CASTニュースの記事へのリンク)






いずれ、記録は抜かれるものだとしても

日本で、高さ百尺以上の建物が建つのは、昭和40年竣工の

霞ヶ関ビルを俟たないといけない。


凌雲閣が、地震にも戦火にも遭わなくて戦後まで生き残っていたら

意外に『日本一』の記録を維持し続けられたかも知れないが

昭和40年代の

荒んだ浅草六区の風景を知っているだけに

とても生き残れなかっただろうな…







そして、改めて『東京駅前の390mビル。』

000000000000000000000000000000000_4

背が高けりゃ

いいってもんじゃねえ





そして、

このスケール感は、なんかちょっと違う。







にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月29日 (土)

ピアノ騒音殺人事件の日

8月28日はピアノ騒音殺人事件の日。 

昭和49年(1974年)のことだ。 

Wikipediaピアノ騒音殺人事件)



神奈川県平塚市の団地の4階の住民であった、

当時46歳の大浜松三が、階下に住む4人家族のうち

母親と娘二人を刺殺した。


原因は、被害者一家のピアノ。 

近隣騒音による初めての殺人事件として注目された。










犯人の大浜は、昭和3年生まれで

旧制中学卒業と同時に就職した。

閉じこもりがちな性格であったことと、

盗癖があったことから周囲から孤立し、

職は安定せず住所も転々とし、結婚にも失敗した。


それでも、昭和40年には再婚して

昭和45年に犯行現場となった、 

神奈川県営横内団地4階に転居する。 

2ヶ月遅れて, 被害者となる奥村一家が

大浜夫妻の階下に引っ越してきた。 

そして昭和49年の夏、惨劇が起こった。





大浜の『音』についてのトラブルは

昭和38年頃かららしい。

この年、彼は自身にとって唯一の趣味だった

『自ら出した』ステレオの音について、

隣家に住む夫婦と派手なトラブルを起こしている。


これ以降、彼は騒音に極端に敏感になる。 

犬やセミの鳴き声や、こどもの遊ぶ声にすら

苦痛を感じ 苦情を言ったり、犬を殺したりして

交番沙汰になったりしている。


ところが、引っ越してきた奥村一家は、

自ら出す騒音に無頓着で日曜になると、

朝から日曜大工で団地の躯体に釘を打ち

頻繁にサッシを開け閉てする。

ついには惨劇の前年の秋

この部屋にアップライトピアノが運び込まれ、 

長女が下手くそなエチュードを弾き始めた。





大浜は、かつてステレオの音で隣家にねじ込まれて

大騒ぎなった反動からか、自らの出す音が

階下を刺激しているのかも、という具合に考え、

床に厚手のシートを敷き、扉の開け閉てを

出来るだけゆっくりとやり

テレビもステレオもヘッドホンで聴いた。

階下でピアノの練習が始まると

近所の図書館に逃げ込んだり、釣りをして

時間をつぶしたりした。


しかし階下の奥村家は、

大浜に謝罪するでもなく 挨拶するでもなく、

むしろ小馬鹿にし、 8歳の娘は

『おじちゃん、人間 生活すれば音が出るのよ。』 

と言い出す始末で、お前、それ親が言ってるよな。

にえええええ、腹が立つ。


長女のピアノ演奏は早朝から夜間まで時間を選ばず、

さらに大浜の帰宅を見計らったタイミングで始まったり、

大浜が苦情を入れた翌日には頻繁になったりして挑発的で、

また無職になっていた大浜が奥村家の前を通ると、

『こどもが(昼)寝しています。静かにして下さい。』 

と、自分を棚に上げた張り紙がしてある。


きれた。


犯行日の朝、父親が出勤し、母親がゴミ出しに出ると

鍵のかかっていない部屋に侵入し

夏休みで朝から練習していた長女の胸を

包丁で一突きして殺し、

帰ってきた次女も一突き、母親も突き伏せた。


大浜は自殺を図るが死にきれなくて、

3日後に出頭し、逮捕された。












昭和40年代初め、大浜のオーディオもそうだが、

部屋でのピアノも大いに流行した。

近隣での騒音トラブルというのが

社会問題化し始めた時期でもある。

この事件でも『騒音被害者の会』という組織が

即座に『支持』を打ち出すのだが

大浜自身がこれを断り、一審で死刑。


大浜は控訴を渋ったが弁護人に説得される。

しかし、控訴審では大浜自身が控訴を取り下げたため

一審の死刑判決が確定した。


これが事件の顛末。









騒音問題、というのは今もある。うちのマンションでも

『楽器演奏、日曜大工等は控えましょう。』と、掲示がある。


そして、これは『騒音の絶対音量』とは関係なく

『被害者』と『加害者』の関係性によるところが大きい、と思う。

好きな娘が出すのであれば、げろを吐く音でも好ましいが

嫌いな奴の音は箸の上げ下ろしの音も

気にいらねえ、というもの。

この事件の直接の原因は、大浜と被害者が

近隣としての良好な交流関係を築けなかったことに

あるんだろう。





この裁判でも、現地の騒音測定が行われたが 

通常の演奏であれば、騒音の絶対音量は 

基準値以下であったそうだ。


県営横内団地でも、この事件以前に

ピアノ騒音が問題になり

ピアノに関して演奏時間や、音量を控えること等に関する

自主ルールが定められていた。


しかし、被害者一家は、これを無視した。

そればかりか、深夜早朝、大浜の帰宅時間を狙うなど

神経を逆剥けさせる挑発を繰り返した。


大浜も、不機嫌な顔をするだけで

挨拶などはしなかったらしい。


仲ようせいっ。


















さらに、この事件の根本的な原因として、

昭和40年前後にみられた、

『貧乏な癖に上を見る』

日本人の哀しい見栄、ということがあった。


加害者と被害者が住んでいた団地は、  

今日からみると、建築として最低の水準に近い。


被害者宅と加害者宅を遮る唯一の物理的障壁である

床のコンクリートスラブの厚みは120mmしかなく、

これは、上下2段に鉄筋を組む

『ダブル配筋』を施す部材としては

構造的・施工的に限界の薄っぺらさである。


足音はもとより、こどもが椅子から飛び降りたりしたら、

『こどもだから元気なのは当たりまえですよね。

ほとんど口を利かない下の階のひとに文句を

言われてもやもやします。

うちのエンジェルちゃんたちはのびのびと育てたいんです。

おじさんは子供がいないからわからないんじゃ

ないかなぁって(笑)』

という発言小町的くそばばあともども、

包丁でミンチにされる、というくらい薄い。


さらにスラブだけではなく、

昭和40年代のサッシというのは

遮音性能が皆無で、それ以前に被害者一家は

普段玄関扉を開けて生活していた。

 

そりゃ殺されるわ。


そしてその最低品質の公営住宅は、事件の舞台となった

神奈川県営住宅だけのものだったのかというと

そんなことはなく、住宅公団(いまのUR)も含めて

日本中の公営住宅が同じだった。


それなら団地は貧乏人向けのものだったのか、というと

これも、そんなことはなかった。

いまでこそ、公社、公営の低層団地というのは

高齢者と低所得者が多いのだが、この当時は違った。


違ったどころではなく大人気で、

公団住宅は常に抽選で 

数十回落ちている、という人が珍しくなく、 

『公団住宅の抽選はがきの発送を代行します

』という詐欺師が 

もりもりと現れる始末で、日本中の女性が 

『団地妻』になることに憧れた。


したがって、幸運にも入居できた中産階級達は

6畳のリビングにソファセットを置き、

書棚に百科事典を並べ、ステレオを置いて、

申し訳のようにLPを飾った。


そして、そういった装飾品の中で最高に高価で 

見栄をはることが出来たのが、

3帖間に置かれた 

弱音器もないアップライトピアノだった。


いまでも、古い団地の近隣センターの中に

ピアノ教室があったりするだろう。

そういうのが流行った時代が、かつて存在したのだ。







しかし、『だから、社会の歪みが

この犯罪を生んだのだ。』なんていう 

陳腐な結論には、しかし したくないなあ。


犯人である大浜の個性のせいにもしたくない。

しかしこの人が犯罪前後 精神の平衡を

欠いていたのは確かで、

特に犯行前、奥村の傍若無人な騒音に

自ら堪え忍び、怒りを内訌させて、

殺意を発酵させていったあたり、どこかで

適当な精神的なフォローがあったなら、とは思う。

2番目の嫁にも逃げられたことで

逃げ場を喪ったらしい。


そして、この当時騒音問題に対する社会全体の認知度が

まだ低かった、ということもある。

早くから大浜の支援に動こうとした

『騒音被害者の会』というものが この当時既にあった。

しかし社会全体としてはまだ、意識は低調だった。


その一方、被害者の奥村の対応は、

今日から見ると実に腹立たしい。


しかし、世間一般の認識は今日とは違っていたらしく 

大浜は、罪一等を減じられることなく、

一審で死刑を喰らう。


控訴審では精神鑑定が行われ、

『パラノイアだから責任能力なし』という結果が出る。

減刑される公算が大きくなったのだが、

大浜は初めから裁判で争う気はなくむしろ減刑されて

懲役になり刑務所に放り込まれたりしたら

同房者との音のトラブルに耐えられない、として

弁護人に無断で控訴を取り消してしまう。


『代理人』の面子をつぶされた弁護人は 

異議を申し立てるが認められず、一審判決が確定して 

大浜は死刑囚となった。






しかし、2015年現在も刑は執行されておらず、

判決確定後の収監は38年に及ぶ。

再審請求をしていない死刑囚としては最長で、

大浜は最高齢でもある。

(再審請求中の確定死刑囚まで含めると、

収監期間の最長は、マルヨ無線事件の尾田信夫で40年。

最高齢の死刑囚は名張毒ぶどう酒事件の奥西勝で89歳)


彼は小菅の東京拘置所の独房で

38年過ごしているわけだ。

おそらくは近隣騒音とは縁のなさそうな、 

そもそも付き合うべき

近隣住民がいない独房での 

38年間は幸せだったのか?


あるいは、望み通りなのか?
























では、『今日の騒音おばさん。』













ピアノ殺人事件は、被害者が騒音を出す側で 

加害者が、騒音被害者だったのだが、後年になると、

騒音加害者が傷害罪の加害者になるケースが出た。

例えば、奈良騒音傷害事件。




インパクトの強い動画だが、

この動画自体は、『騒音おばさん』の

被害者となった老夫婦が撮影したもの。

この『騒音おばさん』と、老夫婦の間には

別の件でトラブルがあり、それがエスカレートして

こんなことになったらしい。


いまさら真相なんか知りたくもないけど、

近隣トラブルの怖さは、

こうやってエスカレートするところだと思う。









>にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月16日 (土)

湊山温泉の明日はどっちだ

神戸市にある平野温泉郷というところに 

最後の一軒、残っていた湊山温泉がつぶれる、というニュース。 

(4/7 神戸新聞の記事へのリンク)


あれま、

とおもっていたら、実はやっぱり続けることにしました、

というニュース。

(5/4 神戸新聞の記事へのリンク)


当初の廃業の予定が5/10だったから、一週間前の決定 

ということで、慌ただしいが、まずは良かった。






とはいえ、全国的には、

なんなんのこっちゃと思われるニュースだろう。

神戸市民でも、『平野』といわれてもすぐにはわかるまい。


ここだ。

2015y05m10d_090014178_2











               




神戸駅の西側にある有馬街道が、山に入る直前にある
 

平野、という街にある。 

こんなとこ地元の人じゃないと知らない。


湊山温泉のすぐ近くに天王温泉というところがあって、

この2軒で平野温泉郷なのだが、ストリップ小屋、や

スマートボール場といった温泉に欠くべからざる施設がなく

およそ温泉郷らしい雰囲気がない。土産物屋もない。


そもそも周辺に観光地がない。

神戸、福原に都を置こうとした平清盛ゆかりの地らしいのだが

別に史跡はない。

観光温泉、というのは周りに観光地があって、その近傍の

温泉地であるから、人が来るのだが。それがない。






それならこの場所はなんだ、というと

近隣向けの温泉として発達してきた経緯がある。

その証拠に、天王温泉には最後まで駐車場がなかったし、

以前も書いたが、この温泉は近隣の皆さんに大人気で、

朝に行くと、

『湯の中にじじいが入ってるんじゃなくて

じじいの間に湯が入っている』という盛況。

もっとも、この盛況は11年前のある出来事をきっかけにかわり、

閉店の現在まで赤字だったのだという。


その出来事とは『水道料金の値上げ。』

いやまあ、値上げというと正確ではなく、平野温泉郷は

天然温泉なのだが掃除、洗濯などには一般の水道を使う。


銭湯は『公衆衛生』、『福祉』の立場から 

そういった水道料金が減免されている。

平野温泉も何故かその特典を受けていたのだが、

それがなくなった。


そのため、値上げ前の4倍に水道費がかかるようになった、という。

近傍の天王温泉はそれに耐えかねて廃業。

いまは建物もなくなってマンションになっている。







一軒残った湊山温泉は頑張るのだが、それでも

当初銭湯並みだった料金は、11年の間に次第に高くなり

いまや入湯料680円。


『ひとっ風呂浴びてビールでも』と思ってもつまみを思えば 

2000円覚悟しなくてはならない。


たまった赤字に耐えかねて今月11日に廃業を決意。

しかし、突然ホワイトナイトが現れ、

それは伊豆の地ビール屋さんらしいのだが

めでたく手をさしのべて、14日に再開。


復活後しばらくは、『特別価格500円』らしいが

いずれ680円に戻るのだそうだ。








さて、

この温泉はどこに行きたいんだろう。


最初に書いたように、この平野という街は

観光地でもなんでもなく住宅街だ。


だから観光客目当てではなく、近隣の住民の憩いの場になった。

朝の9時に『じじいの中に湯が入っている。』という状況が
 

あらわれたのだ。


その一方で遠来の客のため駐車場も備えた。

それは褒められることで、天王温泉が閉館まで

駐車場を持たなかったことに比べると、はるかに立派なのだが

肝心の入湯料はじわじわと値上げを続け、結局破れた。


どうも中途半端だ。









新しい湊山温泉も、

どこを目指しているんだろう。

 

ローカルニュースとしてはわりと広く取り上げられたので 

ここしばらくは『ご祝儀』も兼ねた入場客が増えるだろうが 

どこに着地するんだろう。


2年後、3年後に注目ですね。




とはいえ、





まあ、ケチをつけないで再開を祝いましょう。

ここしばらく、また 

『じじいの中に湯が入っている』という状況が 

続くかも知れないので暖かく見守りたいもんです。





























では、『今日の天王温泉』










Tennnou


天王温泉の脱衣場

natsu画







舟底の格天井にシャンデリア。 

飴色に光る間仕切りの上の欄間。


無駄に豪華な内装。

昭和初めには、銭湯にこんなに贅を尽くした時代があったのか。

内装だけでなく、外観も千鳥破風の下に玄関を置く、という

立派なもの。


さらに、この建物が素晴らしいのは、

この絵の視点になっている場所、つまり脱衣場の一部に

6畳ほどの畳敷きのスペースがあったこと。


ここなら番台を通らずに休憩できる。 

夏の暑い日に熱い浴槽でふにゃふにゃになって

そのまま裸でここに横になれる。

2.3度も繰り返すと『ざまあ見ろ』っていう気になる。



こっちも復活させて欲しかったな。










>にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 3日 (火)

ひなまつり・ラプソディ 2012

『あーちゃん。

おじいちゃんがこおんなかわいいお雛様を

送って来てくれたわよお。』

 

『…おひなまさ?』

 

『おひなさま。 あーちゃんは女の子だから

桃の日にはこれを飾るのよ。』

 

『おひなまさをかざるとどうなるの?』

 

『素敵なお嫁さんになれるの。』

 

『お母さんみたいに?』

 

『そおよう…』

 

『40で?』

 

『なによ…』

 

『……ふっ。』

 

『笑ったわねっ。鼻で笑ったわねっ。

いくら3歳だって許さないわよっ。』

 

『ふえええーん…』

 

『……おじいちゃまからビデオメッセージが入ってるわ。

一緒に聴いてみましょう。』

 

カチャリ…

 

『いまどき、ビデオの擬音に「カチャリ」なんて使うと

歳がわかるわよ?』

 

『ねえ、あんたほんとに3歳なの?』

 

『ふえええーーん…』

 

 

 

 

 

『やあ、あーちゃんに美咲、お雛さまは届いたな?』

 

『ほら、あーちゃん、おじいちゃんよ。』

『じいじー』

 

『あーちゃんは、初孫だからな。じいちゃんも奮発して、

人形のキューカンパーの三段飾りだ。』

 

『まあ、そんな高級ブランド…』

『きゅうかんぱあ?』

 

『美咲。まさかお前が孫を産んでくれるとは思わなかった。

お前が本厄を迎えても、

鉄女とか歴女とか文系サークルヒロインを目指し始めたときに

我々はあきらめたんだっ。』

 

『な、なによっ。』

『ぶんけいひろいんって腐女子のことー?』

 

『ああ?うん。ばあさんも一言いいたいそうだ。』

 

『あら、おばあちゃん、起きられるのかしら?』

『だって、ばあばのところに帰らないじゃないー。』

 

『…ええ?なんだって?違うよ、

ドミノの黒いほうの人をだましてるのは

練炭のデブ女じゃないんだ…』

 

『ぼけてるんだか、正しいんだかよくわからないわね…』

『1年たったらみんなわすれるわよー。』 

 

『やっぱり話はできないようだ。

しかし、このひな人形はばあさんも好きなはずだっ。』

 

『…おばあちゃん…』

『ばあばー。』

 

『しかし、美咲には一言謝っておかねばならんっ。』

 

『あら、何かしら…』

『じいじがあやまることなんかないのようー。』

 

『お前がこんなに婚活に苦労したのは我々のせいだっ。』

 

『あ、あら…』

『おばちゃんと一緒に「ごくつぶし」っていってたくせにぃ。』

 

『親としての反省点は、3月3日にすぐに

お雛さまを仕舞わなかったことにあるんだと思う。』

 

『ああ、そういえば、いつも2週間くらいそのままになってわね…』

『だから40までお嫁に行かなかったのー?』

 

『あーちゃんにはそんな苦労をさせたくないっ。』

 

『…ふ、ふんっ。』

『ママ、くろうしたのねー…』

 

『そんなわけで、だ。』

 

『な、なによ…』

『なによう…』

 

『この3段飾りは、

テープの再生が終わり次第、

自動的に消滅するっ。』

 

 

『ええっ?』

『きゃー。けむりー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいまあ…』

 

『あ、お帰り。ちょっと見てよこの荷物。』

 

『うん、母さんがお雛さまを送ったって メールしてきてる…』

 

『ええ。なんか宅急便が来てるわっ。』

 

『「七段飾りを送りました。

安田家の総領としてぜひ飾ってください、」だって。』

 

『じょじょじょ、冗談じゃないわよ、

この2DKに七段飾りを送るなんて非常識よ。

発言小町に訴えてやるっ…』

 

『まあまあ、この荷物、七段飾りにしちゃあ小さくないか?』

 

『…そういえばそうね…』

 

『開けてみよう…』

 

『…あ、うん…』

 

『なんだ、こりゃあ…シートとメガネだけだぜ?』

 

『お義母様からの手紙がはいってるわっ。』

 

『えーと、「お送りしたのは3D映像を映すフィルムです。

同梱のメガネをかけると、飛び出す七段飾りが

楽しめます。」だって。』

 

『…あのさあ。』

 

『お、すごい、飛び出すぞ…』

 

『でも、こういう風にフィルムに、赤緑で絵を描き分けて

フィルターで覗いて3Dにするなんて

40年前くらいからあったわよ…?』

 

『違う違う違う。このフィルム、有機ELなんだよ。』

 

『へ?それなんだっけ?』

 

『最新の薄型テレビに使われている素材さ、

だから、動画も流せるらしい。画質もすごいぞっ。』

 

『ええー?』

 

『すごいだろう。お前も見てみろ。

これなら6帖間でも七段飾りが楽しめる…』

 

『おおっ。立体だわっ。』

 

『体験ソフトが入ってるな。

「三人官女は見た。お内裏様を殺して!…承知しました」。』

 

『おおっ。ぼんぼりが飛びだすっ。』

 

『甘酒がほとばしるっ。』

 

『菱餅が飛んでくるっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のスパイ大作戦。』

 

 

 

 

 

 

 

『当局は一切関知しない…』

『なお、この録音は自動的に消滅する…』

 

うわー、なつかしい

 

でも、こんな複雑な依頼内容、

絶対にいっぺんじゃ覚えらんない。

 

 

メモ取ってもいいっすか?

 

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ    

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 1日 (日)

違うんだサマンサ 訊いてくれ

ほほう、もう3月になっちまいましたか。

今年も、なん―にもしないまま2ヶ月経っちまいましたよ。





この間、おまえはなにをしていたのか、というと入院ですよ。

これほど悲愴感のない文章を書くやつに

まだ総括なんか無理なので、いずれまた。






では、旧作の再掲。








どうぞ。




バレンタイン・ラプソディ ver.2.0 (2012.02.13)




『では、これから

『義理チョコじゃ間に合わない。ギリギリ・チョコレート講座」

を始めたいと思います。』

 

『あなた、初めて?』

『すごいっすね、最近の婚活講座にはこんなのがあるんだ…』

 

『みんなっ、気合いはいいかっ?』

 

『うすっ。』

『来週には、もう40ですっ。』

 

『そうだっ。お前らは武井咲や長澤まさみじゃないっ。

おばさんなんだっ。

「義理チョコ」は、おばさんがチョコを渡せる

唯一の合法的なチャンスなんだっ。』

 

『合法…』

『さりげない義理チョコが口にしたらすごくうまい。という、

「奇跡の義理チョコ」の技をぜひあたしたちにもっ。』

 

『よしっ。まず、テンパリング1000本っ。』

 

『だだだ、誰がてんぱったおばさんだって?』

『違う違う違う、チョコを滑らかにするための行程よ。』

『あああ、大理石の板が冷たい…』

 

『馬鹿野郎っ。気合い入れていけっ。合言葉合唱っ。』


『あたしら、人生,徳俵っ…』 

『あたしら、人生,徳俵っ…』


『足がかかって、はっけよいよい。』 


『あたしら、人生得徳俵っ…』

『あたしら、人生得徳俵っ…』

『あたしら、人生徳俵っ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あのさ…』

 

『はい?』

 

『ち、チョコありがとう。

あんな汚い下駄箱に入れてくれて恥ずかしいよ…』

 

『…いえ…それで、先輩の気持ちは…』

 

『うれしいよ。ありがとう。』

 

『…あ、あたしもうれしいです…』

 

『……』

 

『……』

 

『それで、ひとつお願いを聞いてもらってもいいかな?』

 

『はいっ。』

 

『このチョコを、もう一度手渡してくれないか?』

 

『はい?』

 

『チョコを手渡す時、「先輩、これ」っていいながら

胸に向かってどんってぶつけるように手渡してほしいんだ…』

 

『へ?』

 

『どんって、手渡してそれで、俯いたまま

「てっ」っていって、振り向かずに走り去っていく…』

 

『…いま、やるんですか?』

 

『頼むっ。夕陽のさす下校時の駅、

卒業間近の先輩に、後輩が思いをぶつけるように…』

 

『わ、わかりました。

先輩、シチュエーションに酔う人だったんですね…』

 

『じゃあ、僕はここで電車を待ってるから。』

 

『……3番線 海士有木行、下り線ホームに到着いたします。

お客様は白線の内側で…』

 

『先輩っ。これっ。』

 

どんっ

 

『ああっ,男の子が線路に落ちたぞっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいまあ…』

 

『あーら、遅かったわね。バレンタインデーなのに…』

 

『ははは、職場の飲み会さあ…』

 

『…ふーん。今年の義理チョコは?』

 

『これだよ。不細工だろう。だからまだ食ってないんだ。』

 

『あら、あらあらあら。おいしいじゃない、これ。』

 

『え?そうなの?』

 

『完璧なテンパリングで口当たりも滑らか。しかも素材が違うわ。

ふうぅーん…こんな女の人がいたのねっ。』

 

『違うんだサマンサ 訊いてくれ』

くれたのは、職場のお局さ。若いやつに手当たり次第配って

それで、今日の飲み会だったんだよ…』

 

『あ、あら…眠くなってきたわ…』

 

『はっ…』

 

『ろうしたのぉ?…』

 

『そういえば、今日の飲み会でも若いやつがだいぶ

持ち帰られてたな…』

 

『くー…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の「お気に入りCM」。』

九州新幹線の開業キャンペーンのCM。

 

そうか、もう4年経つのか… 

『新幹線は観光だけじゃないよ。』ということらしい。

 

「新幹線通勤」なんかには

個人的には、賛成できないところがある。

 

 

でも、こんな風に手触りのある笑顔を見せられたら、

ずるい。

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ    




             

 

 

トマト・ダイエット・ラプソディ (2012.02.13)

トマトに含まれる物質に

中性脂肪を下げる作用があるものが見つかった。

一日あたり、トマト6個かトマトジュース600ml飲めば痩せるぞ。

というニュース。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

『お、お姉さん。ト、トマトあるよ…』

 

『あら、頂戴。どこのスーパーでも売り切れなのよ。』

 

『そうだろう。痩せるためなら隣町まで走る、

3時間並ぶ、というのが日本人さ。』

 

『そこまでやれば、痩せそうなものだけどねえ…』

 

『とにかく、昔も、テレビが紹介したら

納豆やレタスが消えたでしょう。』

 

『…だからいま、トマトなんて手に入らないわよ…』

 

『生の果実は高くなったねえ。

でも目端が利く奴は、もうトマトジュースを買い占めている。』

 

『だから、あなたは何を売ってくれるの?』

 

『の、濃縮トマトさ。

完熟トマトを3日3晩煮詰めたものをピュレにしたんだ。』

 

『…でも、あたし。トマト嫌いなのよ。青臭いじゃない。』

 

『そ、そういうことをおっしゃるお客さんのために、

スパイスと砂糖を加えてさらに煮詰めたものがこの商品さ。』

 

『……』

 

『……』

 

『それって、ケチャップじゃない。』

 

『まあ、そうともいう、かな…』

 

『ケチャップ食べてもやせないわよ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しずちゃんっ。体重が増えてるぞっ。』

 

『うすっ。サーセンっ。』

 

『君はもともとヘビー級だ。

そのウェイトをミドル級にまで落としてるんだ。』

 

『うすっ。つらいっす。』

 

『でも、ヘビー級はオリンピック種目じゃないんだっ。』

 

『うすっ。カンボジア人になってもオリンピックに出るために

苦労している、猫先輩のことを思えばっ。』

 

『そうだっ。日本人女子のボクシング選手枠は3人だっ。』

 

『うすっ。』

 

『「ボンバー・ジャパン」の一員になれるように減量しろっ。』


『……かっこ悪い名前だなあ…』


『なんだと?』


『うすっ。』


『とにかく、君は太る体質なんだ。

明日の計量までは水を飲むなっ。』

 

『ええっ?』

 

『何も口にするなよっ。』

 

『…うすっ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

『しずちゃん、食べないと体に毒よ?』

『葉子お嬢さん。大丈夫ですよ…』

 

0000rikiishi2
  

 

いいんだ、

料理を下げてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うォおおおおおお』

 

『や、山崎さんっ。』

 

『おおいっ。どけっ。』

 

『山崎さんっ、』

 

『水…水っ…』

 

『山崎さん。だめですっ。

水を飲んではいけませんっ。』

 

『おおう、トマト…トマトならいいんだっ。』

 

『山崎さんっ。』

 

『どけいっ。』

 

『……』

 

0000rikiishi 


ああっ、

トマトに針金が

巻かれているっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の葉子お嬢さん。』

 

 

 

 

 

 

 

『もういいのよ。このトマトをお食べなさい…』

0000rikiishi4_2

 

 

お嬢さん、

トマト用意しとくなよ

 




『よ、葉子お嬢さん…』


『さあ、もういいのよ…』


『違うんだ、お嬢さん、訊いてくれ。』


『どういうこと?』


『門題は、針金じゃねえってことですよ…』






『…え?』


『お気持ちだけいただきます…』 

0000rikiishi5  

 

 

 

 

 

 

『し、しずちゃんっ。…』

 

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ 











   

 

 

バレンタイン・ラプソディ 2012 (2012.02.14)

『さあっ。いま、東京電力本社前では

 

カカオ豆をもった、多数の群衆が集まっているようです。』


『おいっ。君達っ。解散したまえ。その豆をどうするつもりだ?』


『当然撒くのだ。』 


『暴力や暴行は許さんぞっ。』 


『馬鹿野郎っ。バレンタインは縁起ものだっ。』 

 

『愛だろ?愛っ。』 

 

『去年の凶運を払ってやろうという愛じゃないか。』 


『むう…』 


「しかも、今回用意したのはジャコウネコのふんからとれる、

 

という「コア・ルピック」という高級豆だ。』 




『おお、100g 10,000円という最高級カカオ…』


『俺は、そんな高級豆は持ってこられないから

ジャコウネコのうんこを持ってきたっ。』 

 

「ジャコウネコのふんだって日本じゃ手に入らないから

うちの猫のうんこそのものを持ってきたっ。』 



『待て待て待て。』 

 

 

『あっ。西沢社長がいるぞ。』 

『前社長の清水もいやがる。』 

『うんこ撒け。うんこ。』















『あのですね?』


『…はい。』


『こういう小学生みたいなことを書くな、と言ってるんです。』


『…でも、止められないのよ…』


『あんたは気持ちいいかも知んないですけどね。

こないだ、同じようなことを書いたでしょう。』


『…はい。』


『そうしたら、「閲覧履歴」に「○○○tohoku-epco.co.jp」って

人が複数来てたんです。』


『誰?それ。』


『東北電力ですよ。』


『うひゃあ。』


『私に読み取れるようなIPアドレスを使うあたり

たぶん、個人で見に来てくださったんだと思うんですが。』



『…うーん。』



『あたしゃあ、

インターネットってのは怖いなあ、

と思い知りましたよ。』

 

   












『よう、江崎。帰りかい?』


『ああ。』


『じゃあ、いっしょに帰ろう。』

『さみしいな森永。彼女がいないわけだ。』


『うるさいなー。こうやって下駄箱を開けたら

チョコが入ってるかもしれないだろ?』


『あ…』


『どうした、江崎っ。』


『チョコが入ってる。』


『なんだって?』

『やったなグリコ。』

『見せろ見せろ。』


『あ、おいっ。やめろよう。』


『ちくしょう。きれいな箱じゃねえか…』

『カードがあるぞっ。』

『ちゃんと「世田谷生まれのグリコさんに」

って書いてある。』


『カードを開けるのはやめてくれっ。家で一人で見させてくれっ。』


『かまわんっ。』

『そうだっ。開けちまえっ。』

『なんて書いてあるっ?』


『あ…』






『どくいり きけん たべたら しぬで』

 







『だからね?』



『…はい。』


『こういうことを書くな、と言ってるんです』


『…はい。』

















では、『今日の三枚。』














コピ・ルアック

 

0000_kopic   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


うんこそのもの。









ジャコウネコ

 

0000kazde  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タヌキみたい。

かわいい。










うちの近所のみいちゃん。

 

0000miityan  

 

 

 

 




これほど無防備な野良猫を君は見たことがあるか?





かわいー。








にほんブログ村 その他日記ブログへ  









一枚の板チョコ (2014.02.12)




この物語は、今から15年ほど前の、


とある高校での出来事から始まる。 


1年生ながら超かっこいい北海君にとって、 

2月14日は書き入れ時である。



うん、『書き入れ時』とか書いちゃう時点でだめだろう、とかいう

批判はぐっとこらえて先を読んでください。

しんどいのよ、どこまで長くなるか予想つかないし。



で、まあ、 

彼が、山ほどのチョコを抱えて、家に帰ろう、と 

下足置き場に行くと、そこに三人の女子が待っていた。 


同じクラスの淳子ちゃん、百恵ちゃん、昌子ちゃんだ。

淳子ちゃんが、おずおずと言った。

『あの、板チョコ…三人で一枚なんですが…』

 

『えぇ、どうぞどうぞ。』



受け答えがおかしいだろう、とかいう批判も

ここは、ぐぐっと飲み込んでください。

 

原作を忠実に再現するとこうなるのだ。

再現しなくていいだろう、というセリフを敢えて言わないのも

そこは、大人の度量、ってもんじゃないのかなあ。



『あの、できれば今食べてもらえませんか?』 

『それで、おいしいね、って言ってもらえたら。』 


超かっこいいがゆえに人目を気にする北海君は

何の変哲もない板チョコの銀紙をはがし、

『リボンくらいかけろよ。』と思いつつも、食べながら

『おいしいよ』と言って微笑んだ。



で、まあ、

みんな予想してるだろうが彼は2年生なっても

一枚の板チョコを食わされる。


3年になったら、板チョコが二枚になった。

 

 




高校を卒業した北海君は地元の工場に就職した。
 

すると、卒業するのを待っていたかのように 

みるみると太り始め、髪の毛も危うくなった。


すっかり『モテキャラ』ではなくなった北海くんに

卒業して何年目かの、憂鬱なバレンタインデーがやってきた。


『よう、北海。お前昔はもてたんだってな。』

『下駄箱の前で三人の女の子にチョコを渡されて、

その場で食ったっていう「一枚の板チョコ」の話は

高校の伝説になってるぜ。』


今年も意地悪な先輩が絡んでくる。 

もう、チョコなんかもらえないことを知っているのだ。 

そもそも工場にいるのは男ばかりだし

事務には数人の女子社員がいるが、 

彼のことなど見向きもしない。

 

むしろ、陰で指さして笑っている。



『やめてくださいよ。』、と

残り少ない髪の毛を引っ張られながら、

『どうせ、今年もチョコなんかもらえないんだ。』

諦めながら工場の外を見ていると、

ここには、というか日本には分不相応な、

ベントレーのリムジンカーが入ってきた。


北海君も意地悪な先輩も、いや工場中が見守る中で 

ショーファーがドアを開けて三人の女性を降ろす。


『ちょっと、ここに北海って子がいるでしょ』 

 

あわてて飛びだして最敬礼する工場長に

ミンクのコートを着た女が、わざと尖らせた声をぶつける。

『はっ、たしかにっ。』


そこまで卑屈にならなくてもいいと思うが工場長は

『おいっ。』と、裏返った声で北海君に声をかけた。




周りから突き飛ばされるように外に出た北海君は

三人の目の前で思い切り転んだ。

 

そして、帽子の飛んだ頭をあげて

ミンク、シルバーフォックス、ロシアンセーブルのコートを着た

三人の女性を見上げた。



三人は、北海君をねぶるように眺めまわすと

顔を見合わせて低く笑った。

そして、ミンクが

 

『ほら,今年は板チョコ三枚あげるわ』

 

と、北海君が見たこともないような高級ブランドのチョコを

投げてよこした。





『覚えてる?』


『は?』 と北海君。


『あたし淳子よ。』 とミンク。

『百恵よ。』とシルバーフォックス。 

『昌子よ。』とロシアンセーブル。

『あたし卒業してから京都の病院で働いて

そこで開業間際の医者を捕まえたの。』 

『あたしは銀行員。』 

『あたしは実家に帰って土地を継いだわ。』


『はあ…』



『それで久しぶりに札幌に帰って3人で会った時に

「今年のバレンタインは最高の贅沢をしよう。」って決めたの。』 

『この工場を探すのは苦労したわ。』 

『まさかこんなふうになってるとはねえ。』 

 

そうして、三人は再び顔を見合わせて笑った。



『さあ、そのチョコ。いま食べて

「おいしいね。」って言ってごらん。』



















待てっ。

 

気持ちはわかる。

なにより書いている僕が

一番むかついてるんだっ。












念のため、『一杯のかけそば』全文。



























では、『今日の一杯。』













『あんた、サービスってことで三人前出してあげなよ。』

『だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ。』
 

と言いながら、親父は黙って、そばを大盛りにした。


00000000000000000000000000000000000











どうやって食え、と?













おまけ














SOBAYA





なぜタモリの写真が出てくるかというと、このひと若い頃

この曲を歌ってたんですね。(この歌は違います)

 

 

 

あーあ、しんど。

 

とりあえずここまでが第1工程。

 

ここまでで2日かかってる、なんて信じてもらえないんだろうな。


あー、しんど。





じゃ、またね。

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ 

 

 

(クリックしてくださいな)  

 

 

 

 

 

続きを読む "違うんだサマンサ 訊いてくれ"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年12月24日 (水)

クリスマスイブ・ラプソディ 2014

さて、最近ブログを更新する体力がなくなってるけど

今日は、クリスマスイブじゃないですかっ。



夜8時くらいにコンビニに行ったら、女の子のバイトの店員が

『クリスマスケーキ半額』っていう、POSを

一生懸命作ってたんですよっ。








と、いうことで

過去の『クリスマスの、あほ記事』をどうぞ。



























2012




『じんごのべーじんごのべー、じんごのおーざうぇー』

 

『おいっ。一休。早くそのモールと電飾をはずせっ。』

  

『なに言ってるんですか?住職が言ったんですよ?

千手観音が光っていたらきれいだろうって。』

 

『そんなこといったって

クリスマスに寺に来る奴なんかいるかっ。』

  

『重文の千住観音様に可燃性の電線を巻き付けたっていうことで

文化庁の人にひどく怒られたんですよっ。』

 

『馬鹿野郎っ。』

  

『ひっ。』

 

『クリスマスが終わればヤソボウズどもは静かになる。』

  

『ヤソ教=キリスト教ってのがもう通じますかね。』

 

『これから除夜の鐘、初詣、十日恵比須にいたるまで

ブッディスト2週間だぜ。』

  

『十日恵比須は神道ですが。』

 

『うるせえっ。神仏混交だっ。』  

 

 

 

 

 

  

 

『毎度ー、ハッピー葬儀社でーす。』

 

『おうっ。待ってたぜ。

この年の瀬に死ぬ奴がいるんだなあ。』

  

『年の瀬だってなんだって死ぬ奴は死にますよ。

後2時間後に遺体が来ますから

よろしくお願いしますね。』

 

『お願いしますったって、お経を読んで

口説をして、いつものコースでいいんだろう。』

  

『それが今回は、お施主さんの希望で

うんと派手にして欲しいそうなんですよ。』

 

『…派手な葬式ってなんですか?』

 

『馬鹿野郎っ。』

  

『ひっ。』

 

『一休。余計な口を出しちゃいかん。』

  

『はあ。』

 

『ガーナの葬式はすごいんだぞっ』

 

  

 

 

 

『これはこれでいい葬式だと思いますけど。

うちの寺の、狭い境内でこれをやるんですか?』

 

『違う違う、じつはな…』 

 

 

 

 

 

  

『へーイ、エブリ参列者。

今日は故、佐村河内晴子の葬式に

ウェルカム。』

  

『微妙な固有名詞ね。』

『「葬式にウェルカム」っていわれてもねえ。』

 

『葬式だからっていって湿っぽいのはごめんだぜ。

という故人の強いご遺志で

今日はハッピー告別式だぜっ。』

 

『ハッピー告別式?』

『何が始まるのかしら。』

 

『まずは、今日の般若心経をパフォーマンスする

ハッピーなアーティストをご紹介しよう。』

 

『アーティスト?』

 

『16ビートのウッドフィッシュが君のハートを

がっちりゲットだぜっ。

世田谷一の木魚パーカッショニスト、

いっきゅー。』

  

『世田谷一?』

『地味ね。』

『ウッドフィッシュって木魚のことだったんだあ。』

 

『次は、メイン読経イスト、オショー。

奴の270文字は、君のハートをつかんで

GO TO HEAVENだぜっ。』

  

『いやいや、あたしたちが、ヘブンに行っちゃだめじゃない。』

『結局千手観音の電飾そのままだわ。』

『派手ねー』

 

『へいっ、レッツ、ぎゃーてーぎゃーてー』

 

 

では、『今日の般若心経。』

 

 

 

 

 

 

 

つのだ☆ひろ の般若心経。

名前を打つのがめんどくせえ。

 

 

 

本当は、黛敏郎の『カンタータ・般若心経』がすき。

(動画がありませんでした。)

 

ぜひ聴いてみてください。




























2012-2

クリスマス・イブだ。

世界には『クリスマス』と名前が付いた島が二つある。








0000






(クリックで大きくしてね)

ひとつは、

キリバス領クリスマス島。

 

もう一つは、

オーストラリア領クリスマス島。





どちらも赤道直下で、

あんまりクリスマスのイメージはないが

その日に発見されたり、上陸されたりという歴史がある。








キリバス領のクリスマス島がこちら。 



0000chrismas_island2_2



世界最大の珊瑚礁で

ラグーンが美しい









絶景なのは間違いないけど、

1960年代にイギリスが水爆実験場に使用したこと、

何よりもキリバスの首都のタラワからさえ3000km以上

離れているくらい交通が不便だったので

観光地としては流行らなかった。


だから、マニアしか行かないダイビングスポットであり

なにぶん島中が浅瀬で熱帯だから

天然の塩田みたいなもので農業もできなかった。 


従って、主力の輸出商品は開き直って『塩』である。








0000chrisms_island3_2





クリスマスの
 

しおっ








キリバス領事館のHPが死ぬほどやる気がないので、

一体どのような渡航手段が可能であるのか

わかりかねるのだが

今は、ホノルルから週一便の定期便が出ているという。







行ってもやっぱり死ぬほど暇だと思うが

それがいい、という人が行けばいいだろう。

帰ってきたくなくなるかもしれない。


ただし、キリバスという国は景気が悪く

南太平洋の大半の国がそうだったように、

アホウドリの糞が堆積したリン鉱石で食っていたのだが

とうに枯渇して今は観光に活路を見出そうとしている。







キリバスの国境線は不可解に不自然なのだが

そんなことになっているのは政治的な理由とともに、

この国が、『世界で一番早く日付が変わる国』

になりたかったからである。




0000chrismas_island4_2

ハワイと同じくらいの

経度にあるのに

日付けは一日ちがう。




2000年と2001年の「ミレニアムイヤー」に

大いに観光客を誘致しようとしたが大失敗で

どうしよう、ということになっている。

(外務省 キリバス)

















オーストラリアのクリスマス島も

あまり幸せではない。


この島もリン鉱石の島でオーストラリア政府は採掘のために

中国人やマレー人などを受け入れた。

戦前のことだ。


ただし、オーストラリアは1970年代まで

『白豪主義』と言って、有色人種の移住を極端に制限し、

先住民族であるアボリジニなどを差別してきた。

クリスマス島でも、太平洋戦争では、

イギリス人支配に反発した現地人の反発によって

日本軍が無血占領している。







現在、クリスマス等の住民の7割は中華系(華人・華僑)だが

すでにリン鉱石はない。

人種差別がなくなったか、というとそんなこともなく

2001年に『タンパ号事件』というのが起こっている。



紛争の続くアフガニスタンからの難民440名を乗せた船が

クリスマス島附近で座礁。

救助したノルウェーの貨物船タンパ号が

『病院に連れて行ってやってくれ』と

オーストラリア領海に入ると、

オーストラリアは空軍の特殊部隊を投入して侵入を阻止。


国際的な非難を浴びると『Pacific Solution』という法律を

作ってこれを正当化した。








難民を受け入れない、ということに関しては

日本政府も褒められたものではないのだが、

事実上の漂流者を特殊部隊を使って追い出す、ということを

オーストラという国はするのだ。


昔の話ではない。

今世紀の話だ。


政権交代によって『Pacific Solution』法が廃止されたのは

呆れたことに2007年である。















実を言うと今日の話は、

『熱帯にクリスマス島がある。

六甲山から人工降雪機を持っていったら  

「ホワイトクリスマス」じゃないか?』

というお気楽な話で終わろうと思ったのだ。


しかし、どちらも

そんなに気楽じゃないらしい。










もっとも、キリバスの方のクリスマス島の奇跡の珊瑚礁は

行ってみたい。



阪急電車で30分くらいだったら行ってみたいけど、

ハワイ経由で週一便しか飛行機がなく無理矢理日付変更線を

超えるんなら、最低10日間の暇と100万円が必要だ。


ちょっとハードルが高いな。
















オーストラリアの方のクリスマス島の方が

行きやすそうかなあ。 







やる気のないキリバスと比べると、

はるかに充実しているオーストラリアの

クリスマス島観光局のプロモーションビデオ。




クリスマス島は10月、11月の雨季に

赤ガニが大移動することでも知られています。

この動画の中にも出てきますよ。




        






では、『今日の一枚。』
















キリバスのクリスマス島には雪が積もる

00000000chrismas

 

ほら、海のそばまで








じつは、これは塩。



最初の写真のように浅瀬で熱帯だったら、

島中が天然の塩田だ。


塩分を含んだしぶきが結晶して

こんなことになるらしいです。 






 

 

2011-2

  

『ご住職様。なにやってらっしゃるんですか?』

 

『掃除じゃよ。今日はクリスマスイブじゃそうだから

寺は静かなものよ。』

 

『もうじき初詣で忙しくなりますよ。』

 

『…静かじゃな…』

 

『…ええ…』

 

『……』

 

『住職っ。千手観音とあやとりするのは

やめて下さいっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今年の「サンタ実況生中継」。』 

 

 

NORAD tracks SANTA 

日本時間24日午後4時から。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二枚。 

 

 

 

Go_santa  

 

行くぜっ

 

 

 

 

 


 

 

 





2011




『じんごのべー  じんごのべー  じんごのおーざうぇえええ…』

 

『ちょっとお、ここで吐かないでよ?』

 

『ママぁ、もう一杯。』

 

『マーさん、飲み過ぎじゃない?』

 

『いいんだよお……ウィスキーが好きなんだよお……

もうすこし、喋ろうよう……』

 

『マーさんのお家、お嬢さんがいるんじゃなかったっけ?』

 

『…うん。』

 

『帰らなくてもいいの?』

 

『いいんだよお…』

 

『10年くらい前だったら、マーさんもばりばり仕事してて

部下の山田さんが、まだ飲みたそうにしてても、

「イブだけはケーキを持って帰らなきゃいかん」って

すぐに家に帰っちゃったじゃない。』

 

『はんっ、その娘も「パパ、ことしはデートだから遅くなるね。」

とか、言っちゃってよお…』

 

『それでやけ酒なのね。

うふふ。お嬢さん、いくつになったの?』

 

『まだ16だよう。そんな青い尻の時分から、

ふらふらふらふらふらふらふらふらと、だあ…』

 

 

 

 

 

からんからん

 

 

 

 

『いらっしゃあい。

あらあ、山田さん。いまあなたの噂してたのよ。』

 

『あ、まだいいかな…?』

 

『ほら、マーさん、山田さんよ。

あらあら彼女なんか連れて、かわいらしい…』

 

『あっ、珠子…』

 

『おとおさん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆さん、本日は

「クリスマスなんか吹っ飛ばせ。

てめえら日本人だろ?

写経で婚活ホーリーナイト。」にようこそ。』

 

『初めまして…』

 

『こちらこそ…』

 

『皆様の文机には、ご本尊の千手観音様の千本の小指から

赤い糸が一本ずつ伸びて絆っております。』

 

『まあ…』

 

『いやあ、こういうイベントは、初めてで。

おや?あなたは下書きなしですか?…』

 

『ええ。私はすでに婚活イベント50連敗ですから。

かんじーざいぼーさーつーぎょうじんはーらーみーたーじ…』

 

『……』

 

『……』

 

『おやおやあ?どうしましたか?ここわあ。

そんなに暗い顔をしていると、高野山ちぇーっく。』

 

 

 

がらがらがらー

 

 

 

『ああっ。ご本尊の千手観音が倒れたっ。』

 

『住職がそんな長い裾を引きずって歩くから

赤い糸を引っかけちゃって。』 

 

『なんて運命的な…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの、この宝石。君にあげるよ。』

 

『碧緑色で、とてもきれい。』

 

『黙って、その石を指につけてくれ。』

 

『…はい。』

 

『それで、君の手を僕の手の上に重ねてくれ。』

 

『…幸せだわ。』

 

『いいかい?』

 

『…はい?…』

 

『いくよ。』

 

『……』

 

『……』

 

『バルス!』

 

『え?え?ちょっと待って。…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』 

 

 

 

 

未来の意味

0000of_the_day  

 

 

 

 

 

 

 

 

『幸せを分けるイヤホン。』

盛装しているところを見ると、本当に幸福だったらしい。

 

糸で幸せがもらえるんなら、欲しいともさ…

 

 










   

にほんブログ村 その他日記ブログへ 

(クリックしてくださいな)  

 




はあ、疲れちゃいました。

『バックナンバー』を探すと、まだ、つらつらと見つかると思うので

すっごく暇な方は、ぜひどうぞ。














2010

 

Santa13_3  

 

めりー 

 

 

 

 

いやあ、いつの間にかクリスマスイブですな。

ことしも、あと一週間だとよ。

早いねえ。  

 

今年は暑い暑い暑い暑い言っていたのに、

今日は寒い。

 

 

クリスマスイブもお仕事の皆さん、お疲れ様です。

私も行って来よう。 

 

NORADの『サンタ追跡』、ことしも、午後4時からだそうです。

(NORAD Tracks Santa)

 

 

その頃までには戻ってくるつもりである。

いや、それを見に帰ってくるわけじゃないけど。

 

そ、そんなにさみしくなんか、ないともさ。

 

 

Santa15_3  

 

じゃあ、行ってくるかの 

 

 

 

 


大阪や神戸の街中がどんな浮かれ方をしているか

じっくり見てきたいもんだが、

夜にならないとだめだろうな。

 

 

Santa14  

 

 

命がけのサンタ。 

 

 

 

 

 

 




今日はみんなパーティーだの

飲み会だのやるんだろうなあ。

ええのう。

 

 

Santa8  

 

楽しんでいるのは

親だけさ。 

 

 

 

 

きっと夜になると、ぐれちゃうと思うので、

用事を済ませてとっとと帰って来よう。

 

 

Santa12





べー















にほんブログ村 その他日記ブログへ 

(クリックしてくださいな)  

 

 








あーあ。

めりくり、っと。

 

続きを読む "クリスマスイブ・ラプソディ 2014"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月10日 (水)

三億円事件の日(再)

12月10日は『三億円事件』が起こった日。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

昭和43年のこの日、東芝府中工場に運ぶ従業員のボーナス

三億円を積んだ現金輸送車が、

白バイ警官を装った男に、車ごと奪われた。 

犯人はまんまと逃げおおせて、7年後に時効成立。

 

 

私ごときが解説する必要もないくらい、有名な事件である。

 

 

0000sannokuenn_2 

 

ふっふっふっ

 

 

 

 

『億』という単位の強盗事件は、これ以前にはない。

5年前に起こった『吉展ちゃん誘拐殺人事件』

身代金が50万円だったから、文字通り桁が違う。

 

犯人の社会的な階層も違っていたのだろうが

大卒初任給が3万円台だった時代である。

世間も、驚いた。

 

 

 

 

この事件は、発生から時効まで、その騒ぎを

リアルタイムに 体験しているので、よく覚えている。

 

 

ガキの頃は、体育帽を白にして、つばを後ろに回し

『三億円犯人。』なんてやったもんである。

 

 

長じてから建設会社に入り、

現場でヘルメットをかぶるようになると

インカムのようなものをつけて

『三億円犯人。』なんてやったもんである。

 

 

 

三つ子の魂って、アホだ。

 

 

俺だけか?

 

 

 

 

 

 

 

しかし今や、

会社の100億でカジノに行くバカボンがいるご時世だ。

金額で言えば、それほど驚かない。

 

ダルビッシュの入札価格が60億円だそうだから、

たったの『0.05ダルビッシュ』である。

 

もっとも、

私の月収は『1マイクロダルビッシュ』くらいだから、

ちくしょう、金欲しいなあ。

 

 

 

 

 

 

捕まえようとした側の記録、というのは

たくさん残っているのだが

あたりまえだが、犯人側の記録はない。 

 

単独犯か複数犯かもわからない。

 

 

 

あの時代に、バイクと逃走用の車を3台も用意する、

というのは、単独犯の仕業だと思えない。

しかし、複数犯だとしたら犯人グループが、

3億円の金を前に、沈黙を守れたとも思えない。 

 

神戸の元町で起きた『五億円強奪事件』

2人組の犯行だったのだが、犯人の一人が

別件で逮捕されて自白したために全容がわかった。

(ただしそいつは時効、もう一人は自殺した)

 

 

 

 

単独犯だとすれば、相当に頭のいい人物だと思うのだが

宝くじに当たった人間が、例外なく

『増えた親戚』と、『顔も覚えていない友人』に

むしり取られて不幸になってしまうように

周囲に知られないとは、到底思えない。

 

一体どうしたんだろう。

 

 

 

 

使ってこそ金だと思うが、どこかに預けたんだろうか?

 

いま、銀行の金利なんて鼻糞ほどもつかなくて

『超頑丈なたんす預金』でしかないのだが

バブルの頃は、普通預金で金利6%なんて時代があった。

 

ならしてみて2%の金利がついたとしても、

7年間で1割ちょっとしか増えない。 

 

商売でも始めたんだろうか。

 

 

 

『ビリオン屋』なんて屋号で商売をやっていたら面白いな、

というのを、今日の落ちにしようと思ったんだけど

そういうブランドが、ごろごろ出てきてびっくりした。

 

 

 

 

そんなに手広く商売をしているのか。

 

 

 

 

なんていうと、怒られそうだから止めておこう。

 

 

 

0000sannokuenn_3 

 

へい、らっしゃい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

2年前のジンバブエのお札。

0000jinbabue 

 

100トリリオンは

えーと、100兆ドル

 

 

とんでもないインフレのおかげで、こんなお札が出来た。

公定レートで2万5千円くらいだったらしいのだが

闇レートでは、鼻紙以下。

 

(プリントしてもいいけど、いまはデノミが行われてお札が変わってます。

そもそも日本じゃ使えないしな。)  

 

 

 

 

 

 

インドの『0ルピー札』

0000_0rupi 

 

 

 

 

 

賄賂を要求されたら、こいつをそっと握らせて

そのまま逃げちゃえ、というフェイクのお札。

 

ばれたらよけい危ないんじゃないか?という気がするが

3億円事件の現金輸送車が、こんな札を

積んでいたらどうなっただろう。

 

事件なんか起こらずに、

そのまま東芝の工場に着いちゃって

ボーナスとして配られたら面白かったのに。

 

 

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ  

 

 

 

『ビリオン』は10億です。念のため。

 

『モンタージュ写真』なんていう言葉を知ったのも、

この事件からだったな。

ただし、このヘルメットの少年は、

真犯人でもなんでもないんだそうです。 

へー。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月20日 (木)

『健さん飲み』を残そう。

高倉健さん死去。

(Wikipedia 高倉健)




で、

この人に関して、

私ごときが何か言うべき資格は、なにひとつないのだが

ひとつだけ後世に伝えてほしいのが 

『健さん飲み』である。








『幸福の黄色いハンカチ』の冒頭のシーンで出てくる。


この映画自体のあらすじは 

Wikipediaさんにでも聞いてください。



まあ、あらすじもぐっと来るんだけど

『健さん飲み』ですよ。



殺人罪で6年の刑期を終えた、高倉健演じる勇作は、 

出所して網走の街に出て、しなびたラーメン屋に入り、 

『ご注文は?』と訊かれて 

『…ビールください。』といって、テーブルに座る。


それでも中華料理屋だもん、いろんな匂いがする。


6年の懲役生活というのは想像がつかないが

ビールのオーダーの後で、

『醤油ラーメンと、かつ丼ください』って

おまえ、それ食えねえだろ? 

という分量の注文をしてしまう。

(実際食ってない)



そして、真っ先に届いたのがビール。 

グラスに注がれたビールが、健さんの前に置かれる。 

ああ、そうだな。昭和50年代の食堂では 

1杯目は、こうやって無愛想なねーちゃんでも

それでも満杯に注いで、サーブしてくれたんだ。



グラス、たって安物だよ?

場末の街のラーメン屋なんだから。

明らかに、メーカーのノベルティの一合カップに注がれた、 

黄金色の液体をしばらく眺め、

両手でグラスをつかみ、 

ふたたび、しばらく見つめた後

口から迎えに行って一気に飲んでしまう。



そして、最後に『はーーっ』と長い長いため息をつく。












これが伝説の『健さん飲み』。

40代、50代の野郎どもは、一度は飲み屋で

これをやった事があるはずだ。





うーん。6年の禁酒はできないけど、 

『自由の瞬間』って、たぶん素敵だ。





























では、『今日の「健さん飲み}』


















幸福の黄色いハンカチ 1977年 trailer 投稿者 spyagent0011



                    

にほんブログ村 その他日記ブログへ 

(クリックしてくださいな)  

 

 

続きを読む "『健さん飲み』を残そう。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧