おこられませんように

2015年9月24日 (木)

怒られない脅迫状

アグネス・チャンさん(60)のツイッターに

殺害予告を書き込んだとして、中3の少年が逮捕。 

「ナイフでメッタ刺しにして殺しますよ」 

「児童ポルノを認めないと

君のアグネス御殿は血まなみれになりますよ」 などと、書き込み。 

(読売新聞の記事へのリンク)










『…まあ、あほやな。』


『いい加減、こうやって

出所のわかるメールやSNSの書き込みで

「犯罪予告」なんかしたら、即座にばれるんだ。

ってことが分かりそうなもんですよね。』


『出所がわからなくても、  

脅迫とかしちゃだめだけどな。』


『あ、そうか。』


『なんだ?』


『出所がわかるからいけないんですよね。』


『わからなくても脅迫はだめだって。』


『むかしながらの新聞文字の切り貼り。』

000000000000000000000000000000000_3



喧嘩売ってんのか?






『そっちの方が、メールよりばれるんじゃねえか?』



『狼煙で呪い。』


『通じねえよっ。』











『じゃあ、じゃあ、じゃあ。』


『なんだ?』


『「ナイフで血まみれ」とか、

具体的なことをいうからいけないんです。』


『まあ、ね。』


『呪ってやる。』


『…ツイッターに流すのか?』


『「呪う」ったって、 具体的な危害を与えるような犯行を

予告できる訳じゃないでしょう。』


『うん。』


『おれの呪いで、

おまえを血まみれにしてやろうか…』


『デーモン閣下?』


『しかし、いくらそんな事言ったところで「不可能犯」です。』


『しかし、嫌がらせにはなるから、しつこかったら  

「威力業務妨害」とかにはなるんじゃないか?』


『じゃあ、「祝ってやる」。』


『はい?』


『添付ファイルに、

この画像をつけるんです。』

000000000000000000000000000000000_2

間違いなのか

釣りなのか

よくわからん

 

 














では、『今日の一枚。』











『しかし、アグネス・チャンって還暦なんですね…』


『新聞が一番残酷だな。』


『…ねえ。』


『あ、そうか。』
 

『なんです?』


『児童ポルノを認めないと、悪い事をして

1000万部の読売新聞に、

貴様の年齢を載せてやる。と、ツイート。』


『やめてっ。』

000000000000000000000000000000000_4






17歳の君








いまからほんの、43年前。


1972年になにがあったかというと、

あさま山荘事件が起こったり、沖縄返還があったり、

田中角栄が総理になったり、川端康成が自殺したり、 

ミュンヘンオリンピックの年だったり、藤原鎌足。


歴史の彼方だなあ。




ふう。






 




>にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月31日 (火)

注釈の多い日本記録

陸上の桐生祥秀選手が、アメリカの競技会で 

追い風参考記録ながら

電気計時としては日本で初めて10秒を切る 

9秒87の記録を出した、というニュース。 

(読売新聞の記事へのリンク)







『追い風参考とか、電気計時とか、注釈が多いのう。』


『風速2.0m/秒を上回る追い風の元では「参考記録」ということで

公式記録にはならない。今回の桐生選手の記録は

3.3m/sの追い風だった、と。』


『風速1mちょっとくらいまけたれや。』


『まあ、日本中がそう思ってるでしょうけどね。』







『3.3mの追い風、って現場ではわからんのんかね。』


『風速を測りながら緑の旗を揚げている人とかいるんでしょうけど。』


『それなら、こんな無効な記録を取ることはないじゃないか。』


『スタートの時にはセーフでも、ゴールに着く10秒間の間に

風が強くなったらだめらしいです。』


『じゃあ、無風状態まで待てばいいだろう。』


『追い風制限ぎりぎりまで待ちたいんでしょう。』


『そうなの?』


『だって、今回の桐生選手のランニングが

追い風かどうかの境目の2m/sの風の下で行われたら

9.96のタイムになるそうです。』


『0.1秒近くちがう、となるとでかいな。』


『風の影響ってでかいらしいですね。

今回の桐生選手の記録が

「電気計時では」っていう注釈がついているのは

手動計時では9秒8の記録があるからです。

(手動計時は0.1秒単位)』


『9秒8があるなら、手動計時だろうとなんだろうと 

それが日本記録だろう。』


『ところがこれも追い風参考記録で、風速は9.3m/s。』


『まてまてまてまてまてまてっ。』


『なんです?』


『風速10/mだったら、100m10秒だろう。 

この記録は確信犯だよな。』


『…でも、風速10m/sの中で

100m10秒の記録に挑むってことは体感的には無風状態で

競技をするわけだから、ある意味公平じゃないですか?。』


『…そうか?』


『空気の影響を受けない100m走ってのも

面白いような気がしますが。』


『そんなに空気の影響が大きいなら、

真空下で競技をしたらすげー速いんじゃないか?』


『10秒息を止められる人はたくさんいるでしょうが

急に大気圧がなくなると、肺が破裂して、体中の液体が出て、

血液が沸騰して即死です…』






『しかし、風速9m/s以上の追い風で、体感的には無風で 

それでいまの日本記録を0.2秒も上回る記録が出せるなら 

それ以上の風を受けたら、風に押されてもっと速くなる訳だな』


『追い風参考記録ですけどね。』


『ジュディ・ウォンやカメレオンみたいに

脇の下に幕がある服を着て…』


『それ、もうちがうスポーツですけど。』


『追い風最高記録。』


『毎日毎日ろくでもないことを…』


『こないだバヌアツエロマンガ島を吹き飛ばすくらいの 

風速80m/sのサイクロンの中で記録を取れば。』


『お願い、不謹慎なことを言うのはやめて…』
























では、『今日の一枚。』












手動計時の計測員のみなさんが座る台。

00000000000000000000000000000000000



選手1人につき3人の

計測員がついたから

24席もある。

(公式試合は8レーン)






まあ、間違いがあるのは当然だよな、ということで

3人の平均を採った。


また、スタート時のピストルの音を聞いていたら

100mで0.3秒近く遅くなるのでピストルの銃口から出る

閃光と煙を見る。


だから、ピストルを持ったスターターの後ろには見やすいように

黒い円盤を持った人がいる。


しかし、そこまでやっても気温が15度高くなれば

100mあたり0.01秒速くなるし、(Wikipedia 音速)

第1レーンと第9レーンでは、20mくらい離れている

(陸上競技連盟のウェブサイトへのリンク)ので

やっぱり0.01秒くらいちがう。


手動計時以前にピストルじゃなくてもいいんじゃないか?

と思うが、そこは『気分を出すため』らしい。

(スタート時には光による信号もあります)






にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月21日 (土)

予測された死

桂米朝さん死去。

(読売新聞の特集記事へのリンク)

説明不要の名人・偉人で、上方落語復興の祖。

人間国宝、文化勲章などの受章者。


弟子の育成にも熱心で、且つ弟子に恵まれ、

『米朝一門』には綺羅星のごとく名人、人気者がいて

高座やテレビなどで活躍している。









『したがって、未明のニュースにも関わらず。 

少なくとも、関西の新聞、テレビなどのメディアは 

トップ記事で扱った訳だ。』


『間髪いれずに、こんな特集記事まで組むとは…』


『でも、こういう言い方はよくないが、  

この人の『死』は、予測されていた。』


『まあ、あんたも私も、いずれ死ぬんですけどね。』


『でも、我々は「無名の人」だ。 

これだけの有名人で「死期が読める人」であれば、 

あらゆるマスコミが「故人を偲ぶ」みたいな 

予定稿を組んでいる。』


『ここ数年は闘病生活も続いていたし、年齢も89だし。

慢性の肺炎で死去といっても、大往生です。』


『先は長くないって言うことが予測できたわけだ。』


『「…弟子や親族15人に見守られて眠るように息を引き取った」って

伊丹十三の映画、「大病人」ですよね。』


『略歴の紹介はもとより、印象的な

一言を添えたエピソードの披露なんて、

準備していないとできるもんじゃない。』







『じゃあ、子役で、まだ「ばぶう」とか言っている赤ん坊は?』


『「20○○年、売人の父と母の間に畸形児として生まれる。

 紙おむつのCMオーディションを経て、テレビに登場。

 紙おむつを咥える仕草のかわいらしさで、大人気を博する。

 クリントイーストウッドプロデュースの映画への出演決定。 

 将来を期待されたが、交通事故で死去。享年2。』


『享年が一桁だと締まりませんね。』


『年譜が五行で済むような子役でも、

「有名子役□□が嫉妬のあまり殺害を企て、楽屋のミルクに

 鼻くそを混ぜる」(→□□ミルク鼻くそ混入事件)というぐあいに

 適当にエピソードが組み込まれて、追悼文が書かれる。』

 (リンクなんか貼ってないよ。)


『そんなもんかなあ…』







『じゃあ、めぼしい有名人で最近寿命が怪しいかなという人には

こういう「予定稿」があるわけですね。』


『世界的な政治家や、芸術家、役者、作家、犯罪者…』


『犯罪者?』


『3月20は、地下鉄サリン事件の日で、2015年は

20周年記念日でもある。』


『忌日が記念日、というのは気が滅入りますね。』


『高橋シズヱさんは、

さぞや残念なことだろう。』


『…怒られるから、やめて…』


『……』


『それは、「今年の新聞の一面にインタビューが載らなかったから」、

じゃなくて「年月を越えても埋まらない悲しみ」に耐えて、

のことですよね。』


『でもあの人がニュースに出るたび、時間経ったなあって 

思うわけよ。』


『被害路線がメトロじゃなくて、『営団地下鉄』ですしねえ。』










『しかし、最近もイスラム国がらみで、テロが日本と無縁じゃない

ことを、世界も日本人も、思い知らされた。

そして『貧者の最終兵器』である、毒ガスの価値も衰えていない』


『オウム自体も名称を変えて生き残ってるから

再犯があり得ないとも限らないし。』


『まあ、これだけ公安にマークされていたら、 

毒ガスを作るのは無理だろうが。』


『ヤギの首を切り離す様子を撮影して、

世界中に配信しようとした中学生もいるし。』


『再犯も、類似犯も、模倣犯もまだ絶えない、ということだ。』


『死刑判決を食らったオウムの幹部は、

まだ誰も死んでないですよ?』


『死刑判決が覆ることはないんだから、

奴らも、「予定された死者。」さ。』


『でも、執行を引きのばそうとしているらしいです…』


『町中からごみ箱がなくなるわけだ。…』








『じゃあ、マスコミも浅原彰晃の死に向けて、

「業績」だけじゃなく幼少時からの生い立ちやエピソード、

再評価などの資料を集めている、と。』


『あの、佐村河内氏が語る、

「ソンシマーチとビートルズ」。』


『浅原の音楽には

初期のビートルズの影響が色濃く見られます。とか』


『それは、「イエローサブマリン音頭」のように、

ビートルズが日本の影響を受けたのとよく似ている、と。』


『レット・イット・ビーのコード進行は、

ソンシマーチと類似しているんですね。』


『ここまで堂々と嘘をつくと

信じる人もいるんじゃないかなあ。』


『……』
























では、『今日の大病人。』
















総絹の羽二重に包まれ、スタッフや医師、共演者、

妻や愛人にも看取られて死ぬ。

                      

 

伊丹十三らしい諧謔を込めた、『死の瞬間』だが

実際の彼の死の様子を知ってから見ると、

ここに描かれた「彼の理想の死のかたち」との落差に呆然とする。


享年64。








にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)  




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月18日 (水)

はやく博士になりたい。

下関市の中尾市長(65)が、在学中の

下関市立大学大学院経済学研究科に

修士論文を提出したんだけど審査結果は不合格。

市長は「単位不足」で退学する。


いったんは「弁明の機会がないのが課題」

嫌がらせとしか思えない。」などと大学を批判。

情報公開請求など「名誉回復のためにできることを検討する」

とヒートアップ。これに対して、

『「市長は大学設置者の立場であり、 

「公私混同では」「非常識」との批判が出た』ため撤回した。


すると『そんなら博士号を取ってやらあ。』と、母校であり、

そこでの修士号を持っている東亜大学大学院

同じ論文を持ちこみ『博士号取得が可能か。』と

相談に行った、というニュース。

(朝日新聞の記事へのリンク)









『脳みそが痒くなるニュースですね。』

『市長が市立大学に、自分名義の学位論文を出して不合格。』

『そこで相当に恥ずかしいです。』

『65で公務の後に大学院に通い、勉強して学位を目指す。

その意気やよし、としてもなあ。』

『ふつう指導教官が、審査にかける前になんか言うでしょうに。』

『そうか、指導教官にとっても恥になるんだ。』

『65で市長だと、他人の言うことも聞けないんでしょうか。』

『朝日の記事だとこの程度だけど、読売はもっと辛辣だぞ。』

(読売の記事へのリンク)



『…(修士論文に)市長の仕事や自身の人生なども盛り込んだ。』

『(論文の審査結果を)不服とした市長は6日、

秘書課長を伴って公用車で市立大を訪ね、

学長に「判定には納得がいかない」などと直接抗議。』

『それで、審査が覆らない、と知るや母校の東亜大に行って…』

『学位ちょうだい。ううん、修士号じゃなくて博士号。』

『東亜大も舐められたもんだ、と思っていたら…』

『他大学の修士課程に出した論文を受付るわけにはいかない』

『「指導教官がつけば面倒見たろ」って言う、朝日の文章とは

えらい温度差だなあ。』

『「博士号取得には博士課程に進むことが必要だと話した」と。』



『そりゃもっともだ。』

『そうなんですか?』

『この人が通ってたのは、東亜大は「法学研究科」で、

市立大では「経済学研究科」で専攻が違うんだから

入試を受けないと筋が通らないよ。』

『市立大も東亜大も通信課程で、さらになんと市立大では

「プロジェクト研究による教育プログラム」っていうコースで

論文一発勝負。』




2015y03m17d_221607417









『……』

『いくら「通信制の大学院」なんて知らないとはいえ、

なんで通うつもりもないよその大学について

調べなくちゃならないんでしょう。』

『……』

『……』

『馬鹿野郎っ。』

『ひっ』

『罵倒するにも基礎知識、が

この日記の数少ないポリシーだっ。』

『……』







『こうなるともう、「読ませろ」って話ですよね。』


『しかし市長は、不合格が覆らない、と知るや「公開はしない」と。』


『え?でも、最初は「中尾市長は(修士論文である)報告書を

「これまで市大にはなかったユニークな社会人論文」と、

自画自賛してたんでしょう。』


『しかも、550ページを超す超大作。』


『550ページ?』


『「自分の人生」とか書きこんでるからじゃない?』


『学位論文って、論文用紙が決まってて、

1行あたりの文字数も指定されてるんですぞ。

550ページなんて、ヤギが下痢起こしますがな。』


『おれの論文なんて、○○ページしかなかったのに…』





『とにかく、人んちだし知ったこっちゃないが下関市民も、怒れよ。』


『市立大にしても、一時は「…嫌がらせとしか思えない。

仮にそうであれば、学問の自由という点から見て

問題があるのでは」とまで罵倒されたんだから

論文と審査過程を公開して、互いの立場の

正否を世に問うべきでしょう。』



『しかし、将来、研究者として身を立てようってならともかく

65歳が再就職するわけでもなかろうに

なんで学位が欲しいんだろうね。』


『歳とると勲章とか、叙勲を欲しがる人がいますから…』


『学位もその並び?』


『末は博士か大臣か…』







『とにかく…』


『読ませろっ。』





















では、『今日の一枚。』














『市長、論文の件でお客様が…』

『ああ?もう興味半分のやつはいらん。』

『そうじゃなくて、共同執筆者にして

自分にも学位がもらえるようにはからって欲しい、と。』

『は?』








000000000000000000000000000000000_3


学位がないと困るんですっ。













ブログランキング・にほんブログ村へ

(クリックしてくださいな) 














 











               

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月13日 (金)

剽窃の時代

東大教養学部が期末レポートの文章の75%を、

すでに公開されているインターネットなどの

文章から無断引用した学生がいる、として、

当該学生に対して

『厳正な処置をとったことを

周知いたします』

という文章を公表した。というニュース。

(読売の記事へのリンク。)


その文章がこちら。

『不正行為について 3月10日付東大教養学部文書』PDFファイル)



転載したのがこちら。


期末レポートにおける不正行為について


本学部後期課程において、

平成26 年度冬学期の期末の課題として

提出されたあるレポートの文章の約75%が、

インターネット上に公開されている文章からの

引き写しであることが判明しました。

言うまでもなく、他人の文章の無断借用は

剽窃であり、

その行為が学問倫理上許されないことは

明らかです。

教養学部では、前期課程・後期課程ともに

「成績評価に関わる試験やレポート作成

において、 不正行為が認められた者

(協力者も含む。)は、 その学期に履修した

全科目の単位を無効とする」という

申し合わせをおこなっており、

学生の皆さんへの配布文書にも

その旨明記してあります。

今回もこれに基づき、

厳正な処置をとったことを周知いたします。

今回、こうした不正行為が発見されたことは

大変遺憾なことです。

今後はこのような事案が

二度と起こらないよう、学生の皆さんは

学問的倫理を十分に自覚して勉学に励んで下さい。

 

平成27 年3 月10 日
教 養 学 部







『こらこらこらこら』

『なんだよ。』

『「文章のコピペはやめろ」という文章を 

そのまま剽窃する馬鹿がおるかっ。』

『出典をしつこいほど明示しているから、

剽窃ではありませ―ん。』

   剽窃 [名](スル)他人の作品や論文を盗んで、

   自分のものとして発表すること。(goo辞書)


『こ、この屁理屈太郎…』

『無断引用、あるいは名義をごまかさない限り

普通の引用だい。』

    それでも著作権者の許諾を得ない引用は、

  やめましょう。

   東大がこの啓蒙の文の著作権を主張してくるとは

   思えないけど…



『しかし、厳正なる処分って

「その学期の単位全部取り消し」

ってことなんですね。』

『うちの大学もそうだった。

それで留年してる人いたもん。』

『…いるんだ…』

『だけど、掲示板はもっと怖かったぞ。

「次のもの、不正行為により処分。」ってだけ

書いてあって、あとは学籍番号。』

『うわあ…』




『しかし3~4年次の学生で、

2学期制の半分の単位がなくなれば

留年ですわなあ。』

『就活もしてたろうに…』

『内定もらってたんじゃないですか?』

『……』

『笑うに笑えないですね…』

『うん…』




『こういうレポート、

Wikipediaの引用はいいのか?』

『Wikipedia の引用のガイドラインでは

「著作権法が認めるルールに従って

出典を明らかにすれば引用していいよ。」と

ありますな。』

『まあ、投稿する人は著作権を放棄することに

同意してる訳だしなあ。』

『その代わり、だれも文責を取らない訳だから

内容が間違ってても文句は言えない、と』

『Wikipediaには、ときどき宣伝とか、大ウソ

も載ってるから、注意しないとね…』

『まあ、Wikipedia がよくても、

大学が許すわけないけどな。』













『あ、そうそう聞いて聞いて聞いて。今日さ、

神戸のポートアイランドの理研の

先端医療センターに行ったのよ。』

『なにしに?』

『がんの検査に。』

『マジで?』

『まじぇ、まじぇ。』

『悲壮感のない奴だなあ…』

『なに、死ぬときゃ死ぬんだ。

検査なんかより、小保方さんに会えるかのほう

が緊張したね…』

『もう、いねえよっ。』


















では『今日の一枚。』









THANKS  WIKIPEDIA

00000000000000000000000000000000000

















『ありがとうウィキペディア』Tシャツ

学位記を持って、博士号の角帽をかぶって喜ぶ人

10年くらい前からあったような気がする。

このTシャツは、なぜかブラジルで買えます。

お値段、40 レアル。(1700円)




ブログランキング・にほんブログ村へ

(クリックしてくださいな)   










続きを読む "剽窃の時代"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 5日 (木)

武蔵と大和と、使えなくなった兵器

第二次大戦中、最大規模の戦いとなった

レイテ沖海戦沈没した

戦艦武蔵のあとが見つかった、というニュース

(毎日新聞の記事へのリンク)

             






発見されたのはフィリピン・シブヤン海、

深度1000m。

フィリピン反攻の米軍部隊に殴り込みをかけるため

航空支援を全く受けずに突入した武蔵以下の

艦隊は米軍機による一方的な攻撃を受けた。

武蔵は、単艦で被雷、被爆数十発

(米軍発表は160発以上)

戦闘30時間のあと、悶えるように海に沈んだ

そして、これが、古い

『大鑑巨砲主義・艦隊決戦主義』を 目指した

6万トンの超戦艦、大和・武蔵が 

航空主兵を実践したアメリカ軍に敗れたもの。

という風にくくられている。


しかも、航空機を海戦の主役にする、

という手法は 真珠湾攻撃や、マレー沖海戦

日本軍が始めたもの。 

バッカでー、というのがニュースの論調。



さて、どうだろうというのが今日のお話

 

しかし、いまも武蔵とともに瞑る、

1000柱以上の英霊のためにも、

この話だけは、きちんとしておかないと

いけない。







戦艦がむやみとでかくなっていくのは 

1905年の日本海海戦以降。


この戦いで戦艦の威力を思い知った列強は

イギリスが日本海海戦の翌年の1906年に

三笠級をはるかに上回る戦艦ドレッドノートを

就役させたことで

巨砲・大鑑の建艦競争に入り込んでいく。

なにしろドレッドノートときた日にゃあ

主砲の数は倍以上で、しかも一斉に同じ照準で

撃てる。


三笠の、1.5万トンより5割もでかい2万トンなのに

戦艦としては初めての蒸気タービンエンジンで

速力も2割方大きい。

戦場で速度を利して有利な位置をを占位されて

主砲を斉射されたら、勝ち目はない。



           

Battleship_mikasa_from_jfs1906_cr_2   

 

三笠

(クリックで大きく)

 

 

15000トン、最大戦速18ノット(33km/h)、

12インチ(30.5cm)砲、連装砲塔2基、4門。

800pxdreadnought_1906     

 

ドレッドノート

(クリックで大きく)

 

 

 

20000トン、最大戦速21ノット(39km/h)、

12インチ砲、連装砲塔5基、10門。




『そんじゃあ、うちも』ってことで 

ドレッドノート級、あるいはそれを越える 

『超弩級』戦艦の建艦競争に、海軍先進国は 

雪崩れ込んでいく。


ところが軍艦というのは果てしなく金がかかる

大正時代には軍艦の建設費が日本でも

国家予算の1/3。

『さすがに削ろうぜ。』ということで、

先進国の意見が合致。

日本のみならず、英米仏伊が寄りあって、

ワシントン軍縮会議をやり 

仏伊が抜けてロンドン軍縮会議(第一次)をやる


日本、特に海軍は対英米7割を切望するが

財政がぼろぼろになっていた政府が

これをわずかに下回る数値で妥協。

『兵力を決める大権は天皇だけのもの。

政府は統帥権を犯した』 

と、話してもわからない連中が起こしたのが

五・一五事件。


ドレッドノート出現の1906年には、

『優秀な個艦を徐々にそろえていけばいいよな。』と、

そしてその一方では、

 

『でも威力を発揮するためには

艦隊同士が戦わないと』

というこうとで、矛盾するようだが

大鑑巨砲主義=艦隊決戦主義だったのである。

だから、軍艦の枠はいくらでも欲しかった。






そして、

艦隊決戦なんて、そうはする起こりはしない

日本海海戦で日本が苦労して旅順艦隊を滅ぼし

本国から回航されてくるバルチック艦隊を

朝鮮半島沖に迎え撃つ。なんて状況は

普通に考えて起こり得ない。



大鑑巨砲時代の、最大の海戦が第一次大戦での

イギリスと、ドイツの戦いで、

ユトランド沖海戦

デンマーク沖の北海での海戦。

ドイツがイギリスを破って大西洋に押し出して

いくためにも

イギリスがバルト海に達して、

同じ連合国のロシアと連絡を取るためにも、

ここで彼我の大軍が衝突するしかない、

という場所で、双方警戒していたのだが

実際の海戦は不時遭遇戦になった。


参加艦艇、敵味方250隻、戦艦だけで50隻

という大軍の激突。


ただし、第一次大戦、って

陸戦でも敵味方数十万とか、百万とか

あんたたち、一桁か二桁、兵力の規模が

おかしいだろう、

という大軍を叩きこんで、しかし

華々しい戦果が出ないという点では

実にいらいらするのだが、それはこの海戦でも

同じ。


ドイツは、

イギリスの大艦隊を覆滅して北海の通行権を

得ることはできず、

イギリスはデンマーク海峡のドイツ軍を

突破して、ロシアが支配するバルト海との

連絡を取ることもできなかった。


『世界一高価な凡戦。』とよばれる

この戦いは大鑑巨砲主義と艦隊決戦主義の

限界を示していた。



既に射程40km近くなった、

戦艦の主砲が当たるはずがなく

弾着の確認も容易ではなかった。

しかも、艦隊が随伴する潜水艦、駆逐艦などの

水雷戦によって

戦艦戦隊は建設費や維持費に比べて効果が薄い

不経済な兵種だという判定を下されてしまう。





大正7年のユトランド沖海戦のこうした戦訓は

しかし、

日本を含めた各国で十分咀嚼されたとはいえない。

日本の場合

『兵力量を決めるという陛下の大権に 

政府が口を入れるのは、統帥権干犯だ』

という言葉が 流行語になったのは

むしろ昭和に入ってから。

五・一五事件の犯人の若い連中は

こうした風潮に流された。

しかし、世論の同調もあって彼らの刑は

政府転覆を狙ったとしては、軽い。







しかし世論一般、そして軍人や政治家の中にも

まだ、大鑑巨砲、艦隊決戦の手法に

現実的な脅威を感じている人がいた。


たとえば、日米海軍は、予定戦場を

決めていなかったのか? 

というと、実は決めていた。 

決戦場所を予定しないプランなど、

文字通り机上の空論で 

装備も戦術も決められない。


アメリカは日本に対して『オレンジプラン』という 

侵攻計画を持っており、ものすごくおおざっぱに言うと、 

西太平洋で決着をつけて、日本を海上封鎖で

日干しにやるぜ、というもの。

これには何種類かあって、米西戦争で獲った

フィリピンへの関与の仕方で違う。


フィリピンに要塞をつくって

日本軍を日本近海に閉じ込め

干し殺してくれる、というものから

フィリピンはあきらめようよ、真珠湾まで下がって

アイシャル・リターンで攻め上がって、

フィリピン沖で叩きのめして干し殺そうぜ、

というものまである。

現実には後者の戦略が近い。


『決戦は西太平洋』というのは、

日本軍の観測もおなじで 太平洋を

押し渡ってくる米艦隊を 

航空機や潜水艦で『擁撃・漸減』しながら、 

対英米7割の日本軍と釣り合うように減らして

叩きのめそう、というもの。

 

実際にこの戦いは、武蔵が沈んだ

レイテ沖海戦として実現するのだが、

それまでにミッドウェーがあり

ソロモン海での大消耗戦があり、

マリアナ沖での一方的な敗北があって、

航空兵力がなくなっていたばかりか

もっとも重要な前提条件であった

米艦隊の『漸減』はかなわなかった。



そりゃ、負けるわ。

レイテ沖に現れた時、すでに日本の連合艦隊は

バランスのある『主力艦隊』ではなくなっていた。

レイテ沖で武蔵を、後に『九州特攻』で大和を

沈めたように明らかに使い所を間違えた。

どこで使うのが良かったか知らないけどさ。










現役の軍人、政治家が

『大鑑巨砲、艦隊決戦主義』を

どう考えていたか、というと

この考え方を破った、航空機主導の攻撃を

受けた時の態度で判断できる。


真珠湾攻撃の後、アメリカは太平洋艦隊の

司令長官であった キンメルを更迭する程度

には狼狽した。

しかしなお、『休養、点検』のために

港に停泊中の戦艦を討つなど据え物斬りさ、

こ、怖くなんかないさ

という意見も強かった。


イギリスは、マレー半島・シンガポール防衛の

ために本国艦隊から新鋭戦艦2隻を基幹とする

艦隊を送る。

対空砲を一新し、戦闘航行でみっちり警戒して

おけば ジャップの攻撃機などポムポム砲の

餌食だ、と 自信満々だったのだが、

日本軍の艦攻、艦爆40機の前に あっさり沈んだ。

『この戦争で最も衝撃を受けた出来事』として

チャーチルは、枕を涙で濡らして眠れなかった

という。






1941年、太平洋戦争が始まった時でさえ、

大鑑主砲・艦隊決戦主義はまだ手触りが

あったわけだ。


毎日新聞をはじめとする、マスコミの論調は

『アメリカはすぐに、空母主兵に切り替えたのに

日本はそれが遅れた。』というもの。

だが、これは間違い。



日本だって、空母の生産拡張に必死に、特に

ミッドウェーで主力空母4隻を失ってからは

さらに必死に航空戦力の拡充に努めるのだが

これが遅れたのは、単に国家としての

日米の体力差。


それが証拠に、アメリカも日本も

戦艦の新規建造こそ真珠湾以降中止するが、

アメリカは真珠湾で沈んだ

戦艦8隻のうち6隻を引き上げて

戦線に復帰させている。


だから、戦艦という艦種が廃止されたわけでは

なく

むしろ、その強靭な防御力や砲力を評価されて

上陸支援や空母護衛などに重宝される。

上陸支援としては、第二次大戦での

ギルバート諸島、サイパン・硫黄島・沖縄・

ノルマンディなどのほか

朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争にも

参加している。

最後の戦艦の退役は、驚くなかれ

2006年除籍の戦艦アイオワである。








逆に抑止力として誇示する、

という方法もある。

第一次ロンドン軍縮条約の交渉に際して

日本は40.6cm砲9門、35000トンの戦艦陸奥を

実際には8割くらいの完成度だったらしいのだが

『竣工済みである』と主張して認めさせた。


世界に7隻しかない35000トン級の巨艦は

『ビッグセブン』 とよばれ、世界最大の、

このクラスの戦艦を、長門とともに

2隻ももっていた日本海軍の地位を

大いに高くした。


さらに、巨艦を自前で設計、竣工させることは

国力の象徴でもあり、

『日本、侮りがたし』と思わせることは 

具体的な抑止力になる。



大和、武蔵の建造は、

さらにこれを飛躍させたもの。 

アメリカの軍艦はパナマ運河を通航するため 

幅100フィート(33m)の制限があった。


戦艦は、正横方向に主砲を指向した場合、

威力が最大になる。



Bb61_uss_iowa_bb61_broadside_usn


戦艦アイオワの

40.6cm主砲9門斉射

舳先が揺らぐ衝撃






幅33mで、これをやると

物理的に40.6cm砲が最大となるので

それよりも1ランク大きい46.0cm砲を

搭載する大和級ならばぐうの音も出るまい。

というわけで、

第2次ロンドン軍縮交渉に参加するつもりが

なかった日本が、第一次条約失効の1年前に

計画を立てて失効後に着工。

開戦前に竣工させる。

どうせ仮想敵は英米なんだし、

『どうだあ』と誇示すれば よかったと

思うのだが、日本側は建設にあたって 

徹底的な秘密主義を取り、

艦体を棕櫚で囲み、 

武蔵を建造する長崎の三菱造船所では、 

対岸の高台にあるグラバー邸を一時買い上げた。



もちろんアメリカは、『大和型戦艦』について

知っていた。

詳細はわからなかったらしいが、

『幅33mがネックならそれを越える戦艦部隊を

太平洋と大西洋の両方に置けばいいんだろ?』と

いやだねえ、金持ちは。という 

モンタナ級戦艦の建造建造を企画する。


最終的にはキャンセルされるのだが、

完成すれば40.6cm砲12門搭載、6万5千トンと

大和級に匹敵する巨大戦艦となるはずだった。

しかも5隻。

だから、実際には抑止力にはならず、

開戦してからは、戦艦はさらに

そのおそるべからざることを誇示するだけに

なってしまうのだが、

もしも、唐突に『大和級』だけが現れていたら

多少は抑止効果があったかもしれない。

オレンジプランを書き変える程度には。

 

 

実際に真珠湾攻撃・マレー沖海戦以降、

戦艦は海戦の主役の地位からは降りる。


しかし、だからこそ開戦前、

まだ『大鑑巨砲』が多少の御利益があった時代に

外交的にうまく使う、とか。


開戦しても石油がもったいないから、と

ブルネイあたりの産油地に置いておくのではなく

なんか使い道があったろう。

レイテ沖に赴いた、武蔵、大和の乗員も戦いが

絶望的であることを知っていたはずだ。

そうであればこそ、彼らが無能の作戦によって

散華したかのような報じ方をされると、さみしい。




戦艦、という兵器自体は21世紀まで生き残るのだ。

理由自体は、キューバ危機に破れて海軍の

大拡張を始めたソ連につきあいたいんだけど

頑丈な艦ないかなあ。

という若干情けない理由であっても

生き延びることは、生き延びた。

もうすこしメンテが楽であれば、 

いまも生き残っていたかもしれない。







そして、生まれはしたものの

使われなかった兵器、というのは数多い。

決戦兵器という意味では、『巨大核兵器』

というのがある。

水爆の機構が幼稚で、核兵器の運搬手段が

未熟なミサイルを使っていた時代、

悪い精度をカバーするために

『一発で巨大な破壊力を持てばいいんじゃね?』と

巨大な核兵器が生まれる。


代表的なのが、ソ連のツァーリ・ボンバー

最大で100メガトン、広島原爆6600個分。

この『レモン何個分のビタミンC』

『甲子園球場何個分』みたいな表現は

大嫌いなのだが

さすがにフルスペックで実験すると地球が死ぬ

な、ということで50メガトンで実験した。

しかし半径数10kmの人は全滅するだろう、

という衝撃。

しかも『死の灰』の量が半端ない。ということで

土木工事に原爆を使ってたソ連でさえ、

兵器としての使用をあきらめた。


核兵器でさえそう。

いままで、陸戦の王者であった戦車も 

少なくとも日本においては役割が変質している。





冷戦時代、ソ連の戦車部隊と戦ってやる、と

北海道に数百両の戦車を貼りつかせてたのを

『もうそんなクルスクとか、アルデンヌみたいな 

戦車戦はないよな、』

さらに『予定戦場も北海道だけでは

あるまい。』と

10式戦車は世界戦車で初めて攻撃力を変えずに

ダウンサイズした。


戦車、という兵器はなくならないが 

その性質は、日本においては、大きく変質した。





有人固定翼機はなくならないだろうが 

無人機の比率はもっと増えるだろう。


そうなると、空母は?




イージス艦がカクカクパキパキした形をしているのは

レーダー波の方向を局限してイージス艦自体を

ステルス化するため。


それなら、あらゆる航空機や対艦兵器が

べっとりとステルス塗料で 

塗られるようになったら? 

空を覆うように風船爆弾がイージス艦の上空を

襲ったら?













兵器に完成形はないのだ。




用兵者は過去の戦訓を知る以上に 

将来の戦争に想像力を持ってもらわないと

いけないが 

たぶん、実際はそれを越える。



だから武蔵も大和も責めないであげてほしい





にほんブログ村 その他日記ブログへ    

 

 

 

続きを読む "武蔵と大和と、使えなくなった兵器"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月17日 (水)

ダライ・ラマ14世のリ・インカネーション

ダライラマ14世が、自らの後継問題について

『伝統である輪廻転生方式を採らない。』と宣言して、

中国がすげー怒ってる、というニュース。

(産経ニュースの記事へのリンク)






ダライラマ14世というのはチベット仏教の最高権威者であり

チベット亡命政府の元首である。

(ダライラマ14世のHPへのリンク-英語-)









そしてこのチベット問題というのが 死ぬほどややこしい。


以前チベットについても書いたことがあるんで

リンクしておこう。(中国国境紛争史)








清朝が滅びるまで、
 

チベットは実質的に中国の支配を受けていなかった。


だから、清朝が滅んだ時に『独立』を宣言するのだが

これはイギリスの逆鱗に触れた。


イギリスは『清朝の遺産整理』ということで 

『シムラ会議』というのを開き 

チベットを狙うロシアには、

モンゴルに対する優越権を認める一方 

チベットに関しては、南京政府の宗主権を認め、 

『高度な自治権』を認めた。


インドの維持に汲々としていたイギリスは、

ヒマラヤのむこうでもめ事を起こしてほしくなかったのだ。

清朝時代と同じようにチベット政府が自治すればいい。


と、恩を売ったように見せて、もちろんイギリスのことだから、

国境線なんかでは『マクマホンライン』を引いて

『実』をとっている。







この『高度な自治権』をめぐっての争いが、

ダライラマ14世の前半生である。 


といっても、ここまでは怒られないだろう。





ダライラマ、というのは

チベット宗教における最高権威者の称号。

1959年の亡命までは、政治的にも実質的な指導者の地位にあり、

亡命政府ができると2011年までは、

そこでも『元首』の称号を保った。

2014年現在は、『チベット国民の守護者にして保護者であり、

チベット人のアイデンティティと統合の象徴である』

という人になっている。





ただし、この称号の継承者の選択方法は

日本人から見ると変わっており、

今回のトラブルのもとになっているのも

『ダライラマは転生する。』という建前があるから。


そんな、リ・インカネーションなことを言われてもと思うのだが

14世は3歳の時に、先代の遺骸が眠る地を指し示し、

先代が愛用した食器などの什器を並べ、

横に精巧な偽物を並べて、選ばせる、という「試験」を受ける。


うわあ、嫌味なことするなあ。とおもうが 

いまのダライラマ14世ことラモ少年は

偽もんの食器を『きゃー』とか言って投げ飛ばし、 たかどうかは

知らないが、3歳の時にこの試験を突破。

めでたくダライラマ、となった。






彼は、当初中国と争う気はなかった、と思う。

蒋介石の国民党政権は根性がなかったので

チベットまで、実効支配を及ぼすことはなかったからでもある。


ところが、1950年に大陸での闘争に勝った毛沢東が

チベットに侵攻してくる。


これではかなわない。

1950年の中共軍は装備も士気も劣弱なのだが

10万人いれば10万挺の自動小銃がある。


ダライラマは面従する。

共産党主催の翼賛選挙に投票する映像が残っていたりする。






ただ、ダライラマは

『主権国家としてのチベット』はシムラ会議で否定された以上、

独立は国際社会の同意を得られないことを知っていた。


そうであれば、『高度な自治権』を確保することが 

闘争の眼目になるわけだが、それが適用される 

地理的範囲というのはどこまでか ということを曖昧にしたまま

1950年に中共軍が、チベットの首都ラサに侵攻してくる

チベットは屈辱的な条件をのまされて、いったんは妥協する。


しかし、それが破綻して闘争が起こったのがチベット動乱。


『高度な自治権』を保証されなかった、

チベットの北半分と東部西部って全部じゃん。

つまり全土で反中行動が起こり、即座に中共軍が介入。


さらに、『本当の中核地区』であるはずの

チベット南部にまで侵攻してきやがって、ということで

ラサにいた、ダライラマ14世も生命の危険を覚える。


そこで、彼は数十万のチベット人とともにヒマラヤを越えて 

インドに亡命し、インド北部に「チベット亡命政府」をつくった。

これが1959年。











さて、これがダライラマの壮大な賭けだった

と見てはいけないだろうか。


というのが、今日のお話。



だって、彼がチベットを出たら、

チベット人の後継者を探せない以上、

『彼の寿命が、チベット亡命政府の寿命』である。


『ダライラマ』という名跡が世襲でも、選挙によってでもなく

『転生』によって担保されるとしたら

1959年のチベットからの脱出は、

『生命をかけたチキンレース』だったのではないか?


とか書くと、うちの近所にひしひしと(自粛)















『亡命政府』と、さっきリンクしたダライラマ法王日本代表部

にも書いてあるんだけど、そもそも『亡命前』のチベットを

独立国として外交的に承認していた国はなかった。


さらに、1959年のダライラマのインド越境を

中国政府はもとより、受け入れたインド政府も

『政治亡命』とは認めなかった。


だから、彼が主宰するチベット亡命政府を承認している国は

インドも、日本もふくめて存在しない。



『国家って何だ?』っていう話である。








チベット蜂起への中共軍の弾圧から、彼が身を引いたのは

彼自身の安全のためもあっただろうが、

ダライラマという存在がチベット国内にいることで

これ以上起こるであろう、虐殺や略奪を防ぐためだったんだろう。

聖下の深慮を忖度してはいけないが。


そして、国際社会に中国の非道を訴えることで

中国国内にてんこ盛りにある民族紛争のなかでも

一頭、地を抜きんでる認知度を得させることだったのではないか?

だから、聖下の深慮を忖度するなってば。


もっともこれは成功し、

ダライ・ラマ14世は1989年にノーベル平和賞を受賞している。

もちろん、顕彰が目的ではないのは明らかで

『チベット問題』を、世界ニュースの舞台に上げた。







彼の『インド行き』を、ようインド政府も認めたなあ。

実際、これ以降中国とインドの外交関係は決定的に悪化し

1962年には、中国軍がカシミール地方になだれ込んできて

いまだに撤収していない。

(Wikipedia中印国境紛争)






そして、やっと今日の本題だ。






あ、まだ前振りっすよ。

ここまで書くのに四日以上かかってんだい。


何百頁の無駄な文章を読んできたことか…

一文にもならないのに…


でも、前、後編くらいに分けるか?






では、後編

『それなら、ダライラマのチキンレースの相手とは?

「共産党中国」がリ・インカーネーションにこだわる理由はなんだ?

「消されたもう一人のラマ」、とは?

いっそのこと、ワールドワイドに

ダライラマ探したらいいじゃん。』




お楽しみにっ。

ああっ、だからうちの近所に(自粛)








スコットランド独立の話とかも書きたいのになー。





























では、『今日の赤ちゃん』







この中に、ダライラマの生まれ変わりがいますって

言われたとして、わかりますか?




目黒雅叙園っすね。




あきちゃんと、もえちゃんかわいー。

ぺたぺた歩くんだ。


            
         

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ 

(クリックしてくださいな)  

 

 




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 5日 (金)

天狗の前にデングなし

先週代々木公園に立ち寄った人物の感染が確認されたデング熱。

2km離れた新宿中央公園に行った人物でも感染が確認され

さらにこの人が埼玉在住なもので、この人が

網戸をあけてへそを出して寝ていたら、埼玉も『感染源』になる。




ここまでは、

まだまじめな話なんで聞いてください。


                     

デング熱を媒介するのは、日本中どこにでもいる藪蚊だ。

こいつらの移動距離なんて、風に乗ったとしても1kmくらい。

さいたま市まで30㎞だとして順調に感染しても30代かかる。

つまり普通、そんな遠くまで感染しやしないのだ。


代々木から新宿くらいならありうるだろうが…


ところがね? 

新宿なり、代々木公園に出かける人が 

こうやって鉄道距離での通勤者だったりするわけです。 

こうなると蚊の飛翔距離と関係なく広がるわけですよ。


現に、岩手や山口などでも新たに12人の感染が確認され、

5日現在の感染者は15都道府県で計71人となった。

(読売の記事へのリンク)




むやみに恐怖心をあおる気はないんです。

でも、なんか公園で網を振ってる人を見ると、調査だとはいえ


え?そこから?

と、正直思うわけですよ。



そこ?























『新たにデング熱を媒介した蚊の存在が確認された

新宿中央公園。ここでも都の職員が蚊の駆除を行っています。』


『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。』


『不思議な踊りをしている、

あの赤いお面の一団はなんでしょう?』


『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。』


『インタビューして見ましょう。みなさんは一体?…』


『われわれは日本天狗党だ。』


『…えーと、幕末の?』


『関係ないっ。』


『ひっ。』


『今回のデング熱騒ぎを聞きつけて、

蚊の駆除のために立ち上がったのだっ。』


『それで、虫取り網とキンチョールを持って踊る?』


『天狗の前にデングなしっ。』


『……』


『……』


『…そのセリフを言いたかっただけですよね?』


『……』


『……』


『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。』


『…真似する人いないでしょうね…』


『あ、蚊に刺された…』


『え?』






『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。
































では、『今日の一枚。』







                       

00000000000000000000000000000000000



てんぐっ










                                 

>にほんブログ村 その他日記ブログへ 

(クリックしてくださいな)  

 

 




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月 9日 (水)

どうする、ジョンウン?

北朝鮮のキム・ジョウン朝鮮労働党第一書記、

朝鮮民主主義人民共和国防委員会第一委員長、

朝鮮労働党中央軍事委員会委員長、

朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員、

朝鮮人民軍最高司令官そのほか

肩書きがうるせ―なー、もー。








『一番偉い人』でいいじゃん。








現実の問題としても、最近のこの人の映像には

変な凄味があって、怖い。



ところが、この人が父親である、キム・ジョンイルさんの

『没後20周年式典』で、足を引きずっていたと。

(東京新聞の記事へのリンク)







怪我か?と。




         

        






         

痛風でしょ?








俺も痛風経験者だからわかる。


しかし、痛風には
 

痛みを取るためだけの特効薬というのが存在する。


父の記念式典、ということであれば

国家事業だったはずだが、

それすら間に合わないくらい、痛かったのか?



映像が国外に配信されることを考えたら 

2時間程度で効くコルヒチン5000錠を飲んででも、

痛みを止めるべきだったろう。


いま、平壌で医者がザクザク粛清されているはずだ。








そしてなにより、痛風の原因 

ビールだ、カニだうにだいくらだ、と、

贅沢な食べ物を食べることによって起きる。


これらの食品にに含まれる

プリン体とよばれる物質をたくさんためて、 

尿酸が結晶を作って、神経をちくちくするからである。





痛風が、別名『贅沢病』と言われる所以だ。

















結局、一人でいいもん食ってんだな。





















でぶ。





























では、『今日の一枚。』











痛風はね、足に来るんですよ。

腫れてね、痛くて。



   

00000000000000000000000000000000000

靴履くのも痛いんですよね。







『贅沢病』なんていいますが、

あたしが罹った理由は、ビール一筋。


体液を300周するくらいのビールの集中爆撃を

ひと夏に、浴びたせいですね。







にほんブログ村 その他日記ブログへ 

(クリックしてくださいな)  

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 5日 (木)

武器の適材適所

6月1日は長崎女児殺害事件から10年。

当時小学校5年生だった御手洗怜美(みたらいさとみ)さんが

同級生に殺害された。

御手洗さんは11歳。加害女児も12歳だった。

(産経新聞の記事へのリンク)




加害女児と被害女児は同級生であり、

『太ってる』とか『ぶりっこだ。』とかいう、

いかにも小学生らしい感情の行き違いの積み重ねが

犯行につながったらしい。


『ケータイのHP(というものがあるのか?)が荒らされたから

殺意がつのった。』、と供述した

加害女児の動機にも注目が集まった。

『IT時代の犯行か?』、と。






で、

そんな子供くさい犯行の背景とか、そんなのもどうだっていいんだ。 

この殺人、殺害の方法が恐ろしかったんですよ。



加害児童が、どうやって怜美さんを殺害したかというと、

長崎市の中心部の学校で人口が減り、「空き教室」であった

「学習ルーム」なるところに、御手洗さんを呼び出し

左手で目を隠して、刃を伸ばしたカッターナイフで


頸動脈を真横にスパンと切った。


御手洗さんは、自らの血だまりの中で

15分くらい悶絶していたらしいが死亡。







加害j女児は即座に保護される。

(14歳未満なので逮捕はされない。)

その後、家裁での審判を経て2008年まで児童相談所に収容され、

それ以降は自由になっているはずだ。

もちろん、いまは21歳となっているはずの彼女を

陰に陽に監視している人がいるはずではある。










で、

 

 

 

この事件はもういいや。おなかいっぱい。



ここで言いたかったのは、  

『カッターナイフで人が死ぬのだなあ。』  

ということ。



もちろん状況によって、あるいは抵抗されたら

こんなもんで人は殺せない。








しかしそれは逆に、『カッターで人が死ぬのか』

 

という驚きにもつながった。


『こんな武器で人が死ぬのか?』


いま、警察は銃刀法違反に神経質で、包丁を買うのでさえ 

鑑札をもらった包丁店で、鍵のかかるケースから 

取り出してもらわないといけない。






カッターナイフなんて、銃刀法にひっかっからないように

刃渡りは、12cmくらいになっている。

そうしないとコンビニなんかでは売れないのだ。

殺人器具、になってしまうんですね。


そういう意味で、 

この事件は殺人の地平を広げた。(そうか?)

 

うん、この表現もひどいと思うし、殺人なんかしちゃだめですよ。

小学生が持ち運べる刃物が、カッターしかなかった事を思うと、

 

『殺意ってすげえ。』とも思う訳です。


そして、

 

 

 

なんて、効率的な武器の使い方だろう。

ということを世間に知らしめたのでした。



今日は、そんな不謹慎なお話。





























AKB48の握手会に犯罪者が突入し、
 

メンバーの二人とスタッフが負傷。 

(産経ニュースの記事へのリンク)




このニュースも、武器の選択が恐ろしい。

メンバー2人は当然裂傷、
 

さらに打撃のあげく、指に骨折まで起こしている。











『犯人の「武器」が、刃渡り50cmののこぎりだったそうです。』


『のこぎり?』


『…はあ。』


『柄の部分は折りたためるとしてもよくもまあ、
 

そんな凶器が持ち込めたもんだ…』


『ですからAKB握手会は当面中止、と。』
 

(産経ニュースの記事へのリンク)










『しかし、この事件で恐ろしいのは、  

凶器がのこぎりだってことだよなあ。』


『どういうことです?』


『どんなのこぎりか知らないが、
 

のこぎりの刀傷は  

整復できねえんだよっ。』


『まあ、受傷の様子は公開されないでしょうが…』


『秋元靖は、YES!高くていいから、
 

ということで形成手術を依頼するだろう。』


『YES!治りませんかね。』


『あほう、のこぎりっていうのは、
 

刃先が互い違いに左右に開いている。』


『傷口が広くなる?』


『その上、ぎざぎざだ。傷面なんかぐちゃぐちゃだろう。』


『…そんなファンの希望を奪うとうなことを言わなくても。』


『そこそこきれいに整復し、
 

舞台や握手会ではファンデーションを塗るとしても、  

20前後の女の子で、しかもアイドルだ。   

どうしても「そういう好奇の眼」で見られるだろう。』


『当面参加しないとは思いますが…』


『それならそれで、アイドルとして痛手だ。 
 

犯人にどこまで知性があったか知らんが、  

狙ってやったんなら、これは悪質だぞ?』















うー、病み上がりに書く原稿じゃないね。























では『今日の、間違った武器の使い方。』













忠臣蔵、松の廊下で小刀を振りかざし 
 

『殿中でござる』と、抱きとめられる浅野内匠頭。 

00000000000000000000000000000000000


演じているのは

オードリー春日







     

この人は、松の廊下で吉良上野介に小刀で斬りかかった、
 

とされている。


この刀の実物は遺されていないらしいのだが
 

この画像のように『白鞘』だったのだろうか?


白木でできた柄に鞘、という刀。

 

『白鞘』とよばれる短刀は切腹に用いられるのでもわかるように   

『必死、必殺』を意味する凶器である。


1960年、演説中の社会党委員長、浅沼稲次郎刺殺事件で
 

犯人の山口二矢(おとや)が犯行に用いたのも、  

この白鞘だった。










従って、レプリカでも、これをぶら下げて街中を歩いていたら 

いまでも確実に職質を受ける、というくらいに 

恐ろしい武器なのだ。

 

そういう意味で、記号的な凶器、でもある。


京都、奈良で、頭の悪い童貞が
 

木刀や摸造刀を持つことは許されても、 

こんなわかりやすい凶器を持っていることは許されない。

 

うん、まあ刀を持っている時点でだめなんだけどね。


こんなもんを懐に呑んで儀式に臨んでいたなら狂気の人だ。 
 

そのくせ、内匠頭、武器の使い方をまるで知らない。


こいつ、吉良上野介が 
 

松の廊下で旗本、梶川某と話をしているところに   

背後から近づいたまではいいとして、(いいのか?)   

肩を掴んで振り向かせ真向正面から一太刀浴びせる。


烏帽子の金具にあたって体をかわされると
 

背後から袈裟がけに一刀。


ところが上野介が悲鳴をあげてよろよろと逃げるのを見て
 

『まだ浅い。』と見るや、さらに、と振りかぶったところで  

画像のシーンとなる。

 

 

 

 

 

 

 

『殿中でござる。』   

『武士の情け、せめてあと一太刀…』









刺しゃあよかったんだよ。


小刀、というのは刺すものだ。



一騎打ちになった騎馬武者が、どう、と馬から落ちた時に

鎧の隙間から、ぶすりと刺すのだ。 

そのうえで柄を回したら完璧だ。(なにが?)


だから鍔がない。

 

刀での戦いを想定していない。

敵の刀を発止と受けたら、刀身を走った敵の刀が

すぐに柄に降りて来て 

5本の指をうぞぞぞぞーって、

うわああああ、痛い。






ふう。









武器の適材適所、という話、ですよ。




戦艦大和は、戦争がなければ『抑止力』として

アメ公をビビらせていたはずなのだが、戦争始めちゃったら

案外使い道がなくて負けた。


ヒロシマ、ナガサキ以降、

核兵器は非常識に巨大化して使えなくなった。












空母を持った中国が、おもちゃを手にしたガキのように

南シナ海や東シナ海で好きなことをやっている。


奴らに武器の使い方を教えてやれ。 

もちろん尖閣諸島に上陸した際に  

叩きのめす授業料、として。 

 

 

 

 

 

;にほんブログ村 その他日記ブログへ  

(クリックしてくださいな)    

 

 

 

 

 

しばらく休んでいてこれかよ、というと  

心も体も荒れちまってるからで、 

ゆやーんゆよーんゆやゆよーんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧