おこられませんように

2015年9月24日 (木)

怒られない脅迫状

アグネス・チャンさん(60)のツイッターに

殺害予告を書き込んだとして、中3の少年が逮捕。 

「ナイフでメッタ刺しにして殺しますよ」 

「児童ポルノを認めないと

君のアグネス御殿は血まみれになりますよ」 などと、書き込み。 

(読売新聞の記事へのリンク)










『…まあ、あほやな。』


『いい加減、こうやって出所のわかるメールやSNSの書き込みで

「犯罪予告」なんかしたら、即座にばれるんだ。

ってことが分かりそうなもんですよね。』


『出所がわからなくても、  

脅迫とかしちゃだめだけどな。』


『あ、そうか。』


『なんだ?』


『出所がわかるからいけないんですよね。』


『わからなくても脅迫はだめだって。』


『むかしながらの新聞文字の切り貼り。』

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喧嘩売ってんのか?






『そっちの方が、メールよりばれるんじゃねえか?』



『狼煙で呪い。』


『通じねえよっ。』











『じゃあ、じゃあ、じゃあ。』


『なんだ?』


『「ナイフで血まみれ」とか、

具体的なことをいうからいけないんです。』


『まあ、ね。』


『呪ってやる。』


『…ツイッターに流すのか?』


『「呪う」ったって、 具体的な危害を与えるような犯行を

予告できる訳じゃないでしょう。』


『うん。』


『おれの呪いで、

おまえを血まみれにしてやろうか…』


『デーモン閣下?』


『しかし、いくらそんな事言ったところで「不可能犯」です。』


『しかし、嫌がらせにはなるから、しつこかったら  

「威力業務妨害」とかにはなるんじゃないか?』


『じゃあ、「祝ってやる」。』


『はい?』


『添付ファイルに、

この画像をつけるんです。』


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間違いなのか

釣りなのか

よくわからん






『先日の自民党総裁選に勝利し、

めでたく総裁に再任された、安倍総理のアカウントに

この画像を流す。』


『ほんっとうに、マネする奴が出てくるからやめて。』
























では、『今日の一枚。』











『しかし、アグネス・チャンって還暦なんですね…』


『新聞が一番残酷だな。』


『…ねえ。』


『あ、そうか。』
 

『なんです?』


『児童ポルノを認めないと、悪い事をして

1000万部の読売新聞に、

貴様の年齢を載せてやる。と、ツイート。』


『やめてっ。』

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17歳の君








いまからほんの、43年前。


1972年になにがあったかというと、

あさま山荘事件が起こったり、沖縄返還があったり、

田中角栄が総理になったり、川端康成が自殺したり、 

ミュンヘンオリンピックの年だったり、藤原鎌足。


歴史の彼方だなあ。




ふう。






 




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2015年3月31日 (火)

注釈の多い日本記録

陸上の桐生祥秀選手が、アメリカの競技会で 

追い風参考記録ながら

電気計時としては日本で初めて10秒を切る 

9秒87の記録を出した、というニュース。 

(読売新聞の記事へのリンク)







『追い風参考とか、電気計時とか、注釈が多いのう。』


『風速2.0m/秒を上回る追い風の元では「参考記録」ということで

公式記録にはならない。今回の桐生選手の記録は

3.3m/sの追い風だった、と。』


『風速1mちょっとくらいまけたれや。』


『まあ、日本中がそう思ってるでしょうけどね。』







『3.3mの追い風、って現場ではわからんのんかね。』


『風速を測りながら緑の旗を揚げている人とかいるんでしょうけど。』


『それなら、こんな無効な記録を取ることはないじゃないか。』


『スタートの時にはセーフでも、ゴールに着く10秒間の間に

風が強くなったらだめらしいです。』


『じゃあ、無風状態まで待てばいいだろう。』


『追い風制限ぎりぎりまで待ちたいんでしょう。』


『そうなの?』


『だって、今回の桐生選手のランニングが

追い風かどうかの境目の2m/sの風の下で行われたら

9.96のタイムになるそうです。』


『0.1秒近くちがう、となるとでかいな。』


『風の影響ってでかいらしいですね。

今回の桐生選手の記録が

「電気計時では」っていう注釈がついているのは

手動計時では9秒8の記録があるからです。

(手動計時は0.1秒単位)』


『9秒8があるなら、手動計時だろうとなんだろうと 

それが日本記録だろう。』


『ところがこれも追い風参考記録で、風速は9.3m/s。』


『まてまてまてまてまてまてっ。』


『なんです?』


『風速10/mだったら、100m10秒だろう。 

この記録は確信犯だよな。』


『…でも、風速10m/sの中で

100m10秒の記録に挑むってことは体感的には無風状態で

競技をするわけだから、ある意味公平じゃないですか?。』


『…そうか?』


『空気の影響を受けない100m走ってのも

面白いような気がしますが。』


『そんなに空気の影響が大きいなら、

真空下で競技をしたらすげー速いんじゃないか?』


『10秒息を止められる人はたくさんいるでしょうが

急に大気圧がなくなると、肺が破裂して、体中の液体が出て、

血液が沸騰して即死です…』






『しかし、風速9m/s以上の追い風で、体感的には無風で 

それでいまの日本記録を0.2秒も上回る記録が出せるなら 

それ以上の風を受けたら、風に押されてもっと速くなる訳だな』


『追い風参考記録ですけどね。』


『ジュディ・ウォンやカメレオンみたいに

脇の下に幕がある服を着て…』


『それ、もうちがうスポーツですけど。』


『追い風最高記録。』


『毎日毎日ろくでもないことを…』


『こないだバヌアツエロマンガ島を吹き飛ばすくらいの 

風速80m/sのサイクロンの中で記録を取れば。』


『お願い、不謹慎なことを言うのはやめて…』
























では、『今日の一枚。』












手動計時の計測員のみなさんが座る台。

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選手1人につき3人の

計測員がついたから

24席もある。

(公式試合は8レーン)






まあ、間違いがあるのは当然だよな、ということで

3人の平均を採った。


また、スタート時のピストルの音を聞いていたら

100mで0.3秒近く遅くなるのでピストルの銃口から出る

閃光と煙を見る。


だから、ピストルを持ったスターターの後ろには見やすいように

黒い円盤を持った人がいる。


しかし、そこまでやっても気温が15度高くなれば

100mあたり0.01秒速くなるし、(Wikipedia 音速)

第1レーンと第9レーンでは、20mくらい離れている

(陸上競技連盟のウェブサイトへのリンク)ので

やっぱり0.01秒くらいちがう。


手動計時以前にピストルじゃなくてもいいんじゃないか?

と思うが、そこは『気分を出すため』らしい。

(スタート時には光による信号もあります)






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2015年3月21日 (土)

予測された死

桂米朝さん死去。

(読売新聞の特集記事へのリンク)

説明不要の名人・偉人で、上方落語復興の祖。

人間国宝、文化勲章などの受章者。


弟子の育成にも熱心で、且つ弟子に恵まれ、

『米朝一門』には綺羅星のごとく名人、人気者がいて

高座やテレビなどで活躍している。









『したがって、未明のニュースにも関わらず。 

少なくとも、関西の新聞、テレビなどのメディアは 

トップ記事で扱った訳だ。』


『間髪いれずに、こんな特集記事まで組むとは…』


『でも、こういう言い方はよくないが、  

この人の『死』は、予測されていた。』


『まあ、あんたも私も、いずれ死ぬんですけどね。』


『でも、我々は「無名の人」だ。 

これだけの有名人で「死期が読める人」であれば、 

あらゆるマスコミが「故人を偲ぶ」みたいな 

予定稿を組んでいる。』


『ここ数年は闘病生活も続いていたし、年齢も89だし。

慢性の肺炎で死去といっても、大往生です。』


『先は長くないって言うことが予測できたわけだ。』


『「…弟子や親族15人に見守られて眠るように息を引き取った」って

伊丹十三の映画、「大病人」ですよね。』


『略歴の紹介はもとより、印象的な

一言を添えたエピソードの披露なんて、

準備していないとできるもんじゃない。』







『じゃあ、子役で、まだ「ばぶう」とか言っている赤ん坊は?』


『「20○○年、売人の父と母の間に畸形児として生まれる。

 紙おむつのCMオーディションを経て、テレビに登場。

 紙おむつを咥える仕草のかわいらしさで、大人気を博する。

 クリントイーストウッドプロデュースの映画への出演決定。 

 将来を期待されたが、交通事故で死去。享年2。』


『享年が一桁だと締まりませんね。』


『年譜が五行で済むような子役でも、

「有名子役□□が嫉妬のあまり殺害を企て、楽屋のミルクに

 鼻くそを混ぜる」(→□□ミルク鼻くそ混入事件)というぐあいに

 適当にエピソードが組み込まれて、追悼文が書かれる。』

 (リンクなんか貼ってないよ。)


『そんなもんかなあ…』







『じゃあ、めぼしい有名人で最近寿命が怪しいかなという人には

こういう「予定稿」があるわけですね。』


『世界的な政治家や、芸術家、役者、作家、犯罪者…』


『犯罪者?』


『3月20は、地下鉄サリン事件の日で、2015年は

20周年記念日でもある。』


『忌日が記念日、というのは気が滅入りますね。』


『高橋シズヱさんは、

さぞや残念なことだろう。』


『…怒られるから、やめて…』


『……』


『それは、「今年の新聞の一面にインタビューが載らなかったから」、

じゃなくて「年月を越えても埋まらない悲しみ」に耐えて、

のことですよね。』


『でもあの人がニュースに出るたび、時間経ったなあって 

思うわけよ。』


『被害路線がメトロじゃなくて、『営団地下鉄』ですしねえ。』










『しかし、最近もイスラム国がらみで、テロが日本と無縁じゃない

ことを、世界も日本人も、思い知らされた。

そして『貧者の最終兵器』である、毒ガスの価値も衰えていない』


『オウム自体も名称を変えて生き残ってるから

再犯があり得ないとも限らないし。』


『まあ、これだけ公安にマークされていたら、 

毒ガスを作るのは無理だろうが。』


『ヤギの首を切り離す様子を撮影して、

世界中に配信しようとした中学生もいるし。』


『再犯も、類似犯も、模倣犯もまだ絶えない、ということだ。』


『死刑判決を食らったオウムの幹部は、

まだ誰も死んでないですよ?』


『死刑判決が覆ることはないんだから、

奴らも、「予定された死者。」さ。』


『でも、執行を引きのばそうとしているらしいです…』


『町中からごみ箱がなくなるわけだ。…』








『じゃあ、マスコミも浅原彰晃の死に向けて、

「業績」だけじゃなく幼少時からの生い立ちやエピソード、

再評価などの資料を集めている、と。』


『あの、佐村河内氏が語る、

「ソンシマーチとビートルズ」。』


『浅原の音楽には

初期のビートルズの影響が色濃く見られます。とか』


『それは、「イエローサブマリン音頭」のように、

ビートルズが日本の影響を受けたのとよく似ている、と。』


『レット・イット・ビーのコード進行は、

ソンシマーチと類似しているんですね。』


『ここまで堂々と嘘をつくと

信じる人もいるんじゃないかなあ。』


『……』
























では、『今日の大病人。』
















総絹の羽二重に包まれ、スタッフや医師、共演者、

妻や愛人にも看取られて死ぬ。

                      

 

伊丹十三らしい諧謔を込めた、『死の瞬間』だが

実際の彼の死の様子を知ってから見ると、

ここに描かれた「彼の理想の死のかたち」との落差に呆然とする。


享年64。








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2015年3月18日 (水)

はやく博士になりたい。

下関市の中尾市長(65)が、在学中の

下関市立大学大学院経済学研究科に

修士論文を提出したんだけど審査結果は不合格。

市長は「単位不足」で退学する。


いったんは「弁明の機会がないのが課題」

嫌がらせとしか思えない。」などと大学を批判。

情報公開請求など「名誉回復のためにできることを検討する」

とヒートアップ。これに対して、

『「市長は大学設置者の立場であり、 

「公私混同では」「非常識」との批判が出た』ため撤回した。


すると『そんなら博士号を取ってやらあ。』と、母校であり、

そこでの修士号を持っている東亜大学大学院

同じ論文を持ちこみ『博士号取得が可能か。』と

相談に行った、というニュース。

(朝日新聞の記事へのリンク)









『脳みそが痒くなるニュースですね。』

『市長が市立大学に、自分名義の学位論文を出して不合格。』

『そこで相当に恥ずかしいです。』

『65で公務の後に大学院に通い、勉強して学位を目指す。

その意気やよし、としてもなあ。』

『ふつう指導教官が、審査にかける前になんか言うでしょうに。』

『そうか、指導教官にとっても恥になるんだ。』

『65で市長だと、他人の言うことも聞けないんでしょうか。』

『朝日の記事だとこの程度だけど、読売はもっと辛辣だぞ。』

(読売の記事へのリンク)



『…(修士論文に)市長の仕事や自身の人生なども盛り込んだ。』

『(論文の審査結果を)不服とした市長は6日、

秘書課長を伴って公用車で市立大を訪ね、

学長に「判定には納得がいかない」などと直接抗議。』

『それで、審査が覆らない、と知るや母校の東亜大に行って…』

『学位ちょうだい。ううん、修士号じゃなくて博士号。』

『東亜大も舐められたもんだ、と思っていたら…』

『他大学の修士課程に出した論文を受付るわけにはいかない』

『「指導教官がつけば面倒見たろ」って言う、朝日の文章とは

えらい温度差だなあ。』

『「博士号取得には博士課程に進むことが必要だと話した」と。』



『そりゃもっともだ。』

『そうなんですか?』

『この人が通ってたのは、東亜大は「法学研究科」で、

市立大では「経済学研究科」で専攻が違うんだから

入試を受けないと筋が通らないよ。』

『市立大も東亜大も通信課程で、さらになんと市立大では

「プロジェクト研究による教育プログラム」っていうコースで

論文一発勝負。』




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『……』

『いくら「通信制の大学院」なんて知らないとはいえ、

なんで通うつもりもないよその大学について

調べなくちゃならないんでしょう。』

『……』

『……』

『馬鹿野郎っ。』

『ひっ』

『罵倒するにも基礎知識、が

この日記の数少ないポリシーだっ。』

『……』







『こうなるともう、「読ませろ」って話ですよね。』


『しかし市長は、不合格が覆らない、と知るや「公開はしない」と。』


『え?でも、最初は「中尾市長は(修士論文である)報告書を

「これまで市大にはなかったユニークな社会人論文」と、

自画自賛してたんでしょう。』


『しかも、550ページを超す超大作。』


『550ページ?』


『「自分の人生」とか書きこんでるからじゃない?』


『学位論文って、論文用紙が決まってて、

1行あたりの文字数も指定されてるんですぞ。

550ページなんて、ヤギが下痢起こしますがな。』


『おれの論文なんて、○○ページしかなかったのに…』





『とにかく、人んちだし知ったこっちゃないが下関市民も、怒れよ。』


『市立大にしても、一時は「…嫌がらせとしか思えない。

仮にそうであれば、学問の自由という点から見て

問題があるのでは」とまで罵倒されたんだから

論文と審査過程を公開して、互いの立場の

正否を世に問うべきでしょう。』



『しかし、将来、研究者として身を立てようってならともかく

65歳が再就職するわけでもなかろうに

なんで学位が欲しいんだろうね。』


『歳とると勲章とか、叙勲を欲しがる人がいますから…』


『学位もその並び?』


『末は博士か大臣か…』







『とにかく…』


『読ませろっ。』





















では、『今日の一枚。』














『市長、論文の件でお客様が…』

『ああ?もう興味半分のやつはいらん。』

『そうじゃなくて、共同執筆者にして

自分にも学位がもらえるようにはからって欲しい、と。』

『は?』








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学位がないと困るんですっ。













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2015年3月13日 (金)

STAPわぁ…

東大教養学部が、期末レポートの文章の75%を、

すでに公開されているインターネットなどの文章から

無断引用した学生がいる、として、当該学生に対して

『厳正な処置をとったことを周知いたします』

という文章を公表した。というニュース。

(読売の記事へのリンク。)


その文章がこちら。

『不正行為について 3月10日付東大教養学部文書』PDFファイル)



転載したのがこちら。


期末レポートにおける不正行為について


本学部後期課程において、

平成26 年度冬学期の期末の課題として

提出されたあるレポートの文章の約75%が、

インターネット上に公開されている文章からの

引き写しであることが判明しました。

言うまでもなく、他人の文章の無断借用は剽窃であり、

その行為が学問倫理上許されないことは明らかです。

教養学部では、前期課程・後期課程ともに

「成績評価に関わる試験やレポート作成において、 

不正行為が認められた者(協力者も含む。)は、 

その学期に履修した全科目の単位を無効とする」という

申し合わせをおこなっており、学生の皆さんへの配布文書にも

その旨明記してあります。

今回もこれに基づき、厳正な処置をとったことを周知いたします。

今回、こうした不正行為が発見されたことは大変遺憾なことです。

今後はこのような事案が二度と起こらないよう、

学生の皆さんは学問的倫理を十分に自覚して勉学に励んで下さい。


平成27 年3 月10 日
教 養 学 部







『こらこらこらこら』

『なんだよ。』

『「文章のコピペはやめろ」という文章を 

そのまま剽窃する馬鹿がおるかっ。』

『出典をしつこいほど明示しているから、

剽窃ではありませ―ん。』

   剽窃 [名](スル)他人の作品や論文を盗んで、

   自分のものとして発表すること。(goo辞書)


『こ、この屁理屈太郎…』

『無断引用、あるいは名義をごまかさない限り普通の引用だい。』

  それでも著作権者の許諾を得ない引用は、やめましょう。

   東大がこのすばらしい啓蒙の文の著作権を主張してくるとは

   思えないけど…



『しかし、厳正なる処分って「その学期の単位全部取り消し」

ってことなんですね。』

『うちの大学もそうだった。それで留年してる人いたもん。』

『…いるんだ…』

『だけど、掲示板はもっと怖かったぞ。

「次のもの、不正行為により処分。」ってだけ書いてあって

あとは学籍番号。』

『うわあ…』




『しかし3~4年次の学生で、

2学期制の半分の単位がなくなれば留年ですわなあ。』

『就活もしてたろうに…』

『内定もらってたんじゃないですか?』

『……』

『笑うに笑えないですね…』

『うん…』




『こういうレポート、Wikipediaの引用はいいのか?』

『引用のガイドラインでは「著作権法が認めるルールに従って

出典を明らかにすれば引用していいよ。」とありますな。』

『まあ、投稿する人は著作権を放棄することに同意してる

訳だしなあ。』

『その代わり、だれも文責を取らないわけだから

内容が間違ってても文句は言えない、と』

『Wikipediaには、ときどき

宣伝とか、大ウソも載ってるから、注意しないとね…』














『あ、そうそう聞いて聞いて聞いて。今日さ、

神戸のポートアイランドの理研の

先端医療センターに行ったのよ。』

『なにしに?』

『がんの検査に。』

『マジで?』

『まじぇ、まじぇ。』

『悲壮感のない奴だなあ…』

『なに、死ぬときゃ死ぬんだ。

検査なんかより、小保方さんに会えるかのほうが緊張したね…』

『もう、いねえよっ。』


















では『今日の一枚。』









THANKS  WIKIPEDIA

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『ありがとうウィキペディア』 Tシャツ。

学位記を持って、博士号の角帽をかぶって喜ぶ人。

10年くらい前からあったような気がする。

このTシャツは、なぜかブラジルで買えます。

お値段、40 レアル。(1700円)

器用な人ならこのくらい、無地のTシャツに

プリントできるかもしれない。(犯罪です)






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2015年3月 5日 (木)

武蔵と大和と、使えなくなった兵器

第二次大戦中、最大規模の戦いとなったレイテ沖海戦沈没した

戦艦武蔵のあとが見つかった、というニュース。

(毎日新聞の記事へのリンク)

             






発見されたのはフィリピン・シブヤン海、深度1000m。

フィリピン反攻の米軍部隊に殴り込みをかけるため

航空支援を全く受けずに突入した武蔵以下の戦艦戦隊は

米軍機による一方的な攻撃を受けた。


武蔵は、単艦で被雷、被爆数十発(米軍発表は160発以上)

戦闘30時間のあと、悶えるようにこの海に沈んだ。

そして、これが、古い『大鑑巨砲主義・艦隊決戦主義』を 

目指した6万トンの超戦艦、大和・武蔵が 

航空主兵を実践したアメリカ軍に敗れたもの。

という風にくくられている。


しかも、航空機を海戦の主役にする、という手法は 

真珠湾攻撃や、マレー沖海戦で日本軍が始めたもの。 

バッカでー、というのがニュースの論調。



さて、どうだろうというのが今日のお話。 


ええ、へそ曲がりですとも。


しかし、いまも武蔵とともに瞑る、1000柱以上の英霊のためにも

この話だけは、きちんとしておかないといけない。









戦艦がむやみとでかくなっていくのは 

1905年の日本海海戦以降。


この戦いで戦艦の威力を思い知った列強は

イギリスが日本海海戦の翌年の1906年に

三笠級をはるかに上回る戦艦ドレッドノートを就役させたことで

巨砲・大鑑の建艦競争に入り込んでいく。

なにしろドレッドノートときた日にゃあ

主砲の数は倍以上で、しかも一斉に同じ照準で撃てる。


三笠の、1.5万トンより5割もでかい2万トンなのに

戦艦としては初めての蒸気タービンエンジンで速力も2割大きい。

戦場で速度を利して有利な位置をを占位されて、

主砲を斉射されたら、勝ち目はない。



           

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三笠

(クリックで大きく)

 

 

15000トン、最大戦速18ノット(33km/h)、

12インチ(30.5cm)砲、連装砲塔2基、4門。

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ドレッドノート

(クリックで大きく)

 

 

 

20000トン、最大戦速21ノット(39km/h)、

12インチ砲、連装砲塔5基、10門。




『そんじゃあ、うちも』ってことで 

ドレッドノート級、あるいはそれを越える 

『超弩級』戦艦の建艦競争に、海軍先進国は 

雪崩れ込んでいく。


ところが軍艦、というのは、果てしなく金がかかる。

大正時代には軍艦の建設費が日本でも国家予算の1/3。

『さすがに削ろうぜ。』ということで、先進国の意見が合致。

日本のみならず、英米仏伊が寄りあって、

ワシントン軍縮会議をやり 

仏伊が抜けてロンドン軍縮会議(第一次)をやる。


日本、特に海軍は対英米7割を切望するが

財政がぼろぼろになっていた政府が

これをわずかに下回る数値で妥協。

『兵力を決める大権は天皇だけのもの。政府は統帥権を犯した』 

と、話してもわからない連中が起こしたのが五・一五事件。


ドレッドノート出現の1906年には、

『優秀な個艦を徐々にそろえていけばいいよな。』と、

そしてその一方では、

 

『でも威力を発揮するためには艦隊同士が戦わないと。』

ということで、矛盾するようだが

大鑑巨砲主義=艦隊決戦主義だったのである。

だから、軍艦の枠はいくらでも欲しかった。






そして、

艦隊決戦なんて、そうそう起こりはしない。

日本海海戦で、日本が苦労して旅順艦隊を滅ぼし

本国から回航されてくるバルチック艦隊を

朝鮮半島沖に迎え撃つ。なんて状況は

普通に考えて起こり得ない。



大鑑巨砲時代の、最大の海戦が第一次大戦での

イギリスと、ドイツの戦いで、ユトランド沖海戦

デンマーク沖の北海での海戦。

ドイツがイギリスを破って大西洋に押し出していくためにも

イギリスがバルト海に達して、

同じ連合国のロシアと連絡を取るためにも、

ここで彼我の大軍が衝突するしかない、

という場所で、双方警戒していたのだが

実際の海戦は不時遭遇戦になった。


参加艦艇、敵味方250隻、戦艦だけで50隻という大軍の激突。


ただし、第一次大戦、って陸戦でも敵味方数十万とか、百万とか

あんたたち、一桁か二桁、兵力の規模がおかしいだろう、

という大軍を叩きこんで、しかし

華々しい戦果が出ないという点では

実にいらいらするのだが、それはこの海戦でも同じ。


ドイツは、イギリスの大艦隊を覆滅して北海の通行権を

得ることはできず、イギリスはデンマーク海峡の

ドイツ軍を突破して、ロシアが支配するバルト海との

連絡を取ることもできなかった。


『世界一高価な凡戦。』とよばれる

この戦いは大鑑巨砲主義と艦隊決戦主義の

限界を示していた。



既に射程40km近くなった、戦艦の主砲が当たるはずがなく

弾着の確認も容易ではなかった。

しかも、艦隊が随伴する潜水艦、駆逐艦などの水雷戦によって

戦艦戦隊は建設費や維持費に比べて効果が薄い、

不経済な兵種だ、という判定を下されてしまう。





大正7年のユトランド沖海戦のこうした戦訓はしかし、

日本を含めた各国で十分咀嚼されたとはいえない。

日本の場合、『兵力量を決める、という陛下の大権に 

政府が口を入れるのは、統帥権干犯だ。』という言葉が 

流行語になったのはむしろ昭和に入ってから。


五・一五事件の犯人の若い連中はこうした風潮に流された。

しかし、世論の同調もあって彼らの刑は

政府転覆を狙ったとしては、軽い。







しかし、世論一般、そして軍人や政治家の中にも

まだ、大鑑巨砲、艦隊決戦の手法に

現実的な脅威を感じている人がいた。


たとえば、日米海軍は、予定戦場を決めていなかったのか? 

というと、実は決めていた。 

決戦場所を予定しないプランなど、文字通り机上の空論で 

装備も戦術も決められない。


アメリカは日本に対して『オレンジプラン』という 

侵攻計画を持っており、ものすごくおおざっぱに言うと、 

西太平洋で決着をつけて、日本を海上封鎖で日干しにやるぜ、

というもの。


これには何種類かあって、米西戦争で獲った

フィリピンへの関与の仕方で違う。


フィリピンに要塞をつくって日本軍を日本近海に閉じ込め

干し殺してくれる、というものから

フィリピンはあきらめようよ、真珠湾まで下がって

アイシャル・リターンで攻め上がって、

フィリピン沖で叩きのめして干し殺そうぜ、ということで

現実には後者の戦略が近い。


『決戦は西太平洋』というのは、

日本軍の観測もおなじで 太平洋を押し渡ってくる米艦隊を 

航空機や潜水艦で『擁撃・漸減』しながら、 

対英米7割の日本軍と釣り合うようにして叩きのめそう、

というもの。


実際にこの戦いは、武蔵が沈んだレイテ沖海戦として

実現するのだが、それまでにミッドウェーがあり

ソロモン海での大消耗戦があり、

マリアナ沖での一方的な敗北があって、

飛行機なしで戦うなんて知らなかったもん。



そりゃ、負けるわ。

レイテ沖に現れた時、すでに日本の連合艦隊は

バランスのある『主力艦隊』ではなくなっていた。

レイテ沖で武蔵を、後に『九州特攻』で大和を沈めたように

明らかに使い所を間違えた。


どこで使うのが良かったか知らないけどさ。










現役の軍人、政治家が『この、大鑑巨砲、艦隊決戦主義』を

どう考えていたか、というと

この考え方を破った、航空機主導の攻撃を

受けた時の態度で判断できる。


真珠湾攻撃の後、アメリカは太平洋艦隊の司令長官であった 

キンメルを更迭する程度には狼狽した。

しかしなお、『休養、点検』のために

港に停泊中の戦艦を討つなど据え物斬りさ、こ、怖くなんかないさ

という意見も強かった。


イギリスは、マレー半島・シンガポール防衛のために

本国艦隊から新鋭戦艦2隻を基幹とする艦隊を送る。

対空砲を一新し、戦闘航行でみっちり警戒しておけば 

ジャップの攻撃機などポムポム砲の餌食だ、と 

自信満々だったのだが、日本軍の艦攻、艦爆40機の前に 

あっさり沈んだ。

『この戦争で最も衝撃を受けた出来事』として、

チャーチルは、枕を涙で濡らして眠れなかった、という。






1941年、太平洋戦争が始まった時でさえ、

大鑑主砲・艦隊決戦主義はまだ手触りがあったわけだ。


毎日新聞をはじめとする、マスコミの論調は

『アメリカはすぐに、空母主兵に切り替えたのに

日本はそれが遅れた。』というもの。

だが、これは間違い。



日本だって、空母の生産拡張に必死に、特に

ミッドウェーで主力空母4隻を失ってからはさらに必死に

航空戦力の拡充に努めるのだが

これが遅れたのは、単に国家としての日米の体力差。


それが証拠に、アメリカも日本も戦艦の新規建造こそ

真珠湾以降中止するが、アメリカは真珠湾で沈んだ

戦艦8隻のうち6隻を引き上げて戦線に復帰させている。


だから、戦艦という艦種が廃止されたわけではなく

むしろ、その強靭な防御力や砲力を評価されて、上陸支援や

空母護衛などに重宝される。

上陸支援としては、第二次大戦でのギルバート諸島、

サイパン・硫黄島・沖縄・ノルマンディなどのほか

朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争にも参加している。

最後の戦艦の退役は、驚くなかれ

2006年除籍の戦艦アイオワである。








逆に、抑止力として誇示する、という方法もある。

第一次ロンドン軍縮条約の交渉に際して

日本は、40.6cm砲9門、35000トンの戦艦陸奥を

実際には8割くらいの完成度だったらしいのだが

『竣工済みである。』と主張して認めさせた。


世界7番目となる35000トン級の巨艦は『ビッグセブン』 

とよばれ、世界最大の、このクラスの戦艦を

長門とともに2隻を占める日本海軍の地位を

大いに高くした。


さらに、巨艦を自前で設計、竣工させることは国力の象徴でもあり、

『日本、侮りがたし。』と思わせることは 

具体的な抑止力になる。



大和、武蔵の建造は、さらにこれを飛躍させたもの。 

アメリカの軍艦はパナマ運河を通航するため 

幅100フィート(33m)の制限があった。


戦艦は、正横方向に主砲を指向した場合、威力が最大になる。



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戦艦アイオワの

40.6cm主砲9門斉射

舳先が揺らぐ衝撃






幅33mで、これをやると物理的に40.6cm砲が最大となるので

それよりも1ランク大きい46.0cm砲を搭載する大和級ならば

ぐうの音も出るまい。というわけで、

第2次ロンドン軍縮交渉に参加するつもりがなかった日本が

第一次条約失効の1年前に計画を立て、失効後に着工

開戦前に竣工させる。


どうせ仮想敵は英米なんだし、『どうだあ』と誇示すれば 

よかったと思うのだが、日本側は建設にあたって 

徹底的な秘密主義を取り、艦体を棕櫚で囲み、 

武蔵を建造する長崎の三菱造船所では、 

対岸の高台にあるグラバー邸を一時買い上げた。



もちろんアメリカは、『大和型戦艦』について知っていた。

詳細はわからなかったらしいが、

『幅33mがネックなら、それを越える戦艦部隊を

太平洋と大西洋の両方に置けばいいんだろ?』と

いやだねえ、金持ちは。という 

モンタナ級戦艦の建造建造を企画する。


最終的にはキャンセルされるのだが、完成すれば

40.6cm砲12門搭載、6万5千トンと大和級に匹敵する

巨大戦艦となるはずだった。 しかも5隻。



だから、実際には抑止力にはならず、

開戦してからは、戦艦はさらにそのおそるべからざることを

誇示するだけになってしまうのだが、

もしも、唐突に『大和級』だけが現れていたら

多少は抑止効果があったかもしれない。

オレンジプランを書き変える程度には。

実際に真珠湾攻撃・マレー沖海戦以降、

戦艦は海戦の主役の地位からは降りる。


しかし、だからこそ開戦前、

まだ『大鑑巨砲』が多少の御利益があった時代に

外交的にうまく使う、とか。


開戦しても石油がもったいないから、と

ブルネイあたりの産油地に置いておくのではなく

なんか使い道があったろう。

レイテ沖に赴いた、武蔵、大和の乗員も戦いが

絶望的であることを知っていたはずだ。

そうであればこそ、彼らが無能の作戦によって

散華したかのような報じ方をされると、さみしい。




戦艦、という兵器自体は21世紀まで生き残るのだ。

理由自体は、ソ連の海軍拡張につきあいたいんだけど

頑丈な艦ないかなあ。という若干情けない理由であっても

生き延びることは、生き延びた。

もうすこしメンテが楽であれば、 

いまも生き残っていたかもしれない。







そして、生まれはしたものの使われなかった兵器、

というのは数多い。

決戦兵器という意味では、『巨大核兵器』というのがある。

水爆の機構が幼稚で、核兵器の運搬手段が

もっと未熟なミサイルしかなかった時代、

『一発で巨大な破壊力を持てばいいんじゃね?』と

巨大な核兵器が生まれる。


代表的なのが、ソ連のツァーリ・ボンバー

最大で100メガトン、広島原爆6600個分。

この『レモン何個分のビタミンC』

『甲子園球場何個分』みたいな表現は大嫌いなのだが

さすがにフルスペックで実験すると地球が死ぬな、ということで

50メガトンにした。

しかし、半径数10kmの人は全滅するだろう、という衝撃。

しかも『死の灰』の量が半端ない。ということで

土木工事に原爆を使ってたソ連でさえ、

兵器としての使用をあきらめた。


核兵器でさえそう。

いままで、陸戦の王者であった戦車も 

少なくとも日本においては役割が変質している。





冷戦時代、ソ連の戦車部隊と戦ってやる、と

北海道に数百両の戦車を貼りつかせてたのを

『もう、そんなクルスクとか、アルデンヌみたいな 

戦車戦はないよな、』

さらに『予定戦場も北海道だけではあるまい。』と

10式戦車は世界戦車で初めて攻撃力を変えずに

ダウンサイズした。


戦車、という兵器はなくならないが 

その性質は、日本においては、大きく変質した。





有人固定翼機はなくならないだろうが 

無人機の比率はもっと増えるだろう。


そうなると、空母は?




イージス艦がカクカクパキパキした形をしているのは

レーダー波の方向を局限してイージス艦自体を

ステルス化するため。


それなら、あらゆる対艦兵器がべっとりとステルス塗料で 

だっぷりと塗られるようになったら? 

空を覆うように風船爆弾がイージス艦の上空を襲ったら?













兵器に完成形はないのだ。




用兵者は過去の戦訓を知る以上に 

将来の戦争に想像力を持ってもらわないといけないが 

たぶん、実際はそれを越える。



だから、武蔵も大和も責めないであげてほしい。





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2014年12月 7日 (日)

いつの間にか選挙だってよ。


『やあ。久しぶりだな。』



『久しぶりすぎますよ。旧作の再掲でごまかして。』


『また、体調が悪くてさぁ…』


『もう12月でっせ…』












『総選挙だな。』


『12月1日が公示日ですね。。』


『どうして解散するんです、だよなあ。』


『それをいうのはやめてっ。一国の首相が、

そんな馬鹿なTwitterにマジに反応して

ブチ切れるのよっ。』


『一国の首相が反応するのも、野暮だけどなあ。』





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Twitterのアカウント

消えていないとこも怖い




「小4の中村です。どうして解散するんですか。」、と。』


『これ、まあしかし。小学4年生を装った20歳の馬鹿に 

同情する気はないけど。』


『ちなみにこの人だそうです。』

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青木大和さん。慶応大学2年生。



『こんな写真がネットに流れてるんだねえ。』


『この人に同情的なブログもあるんです。

そういうところには、「本人提供」の

こんなかっこいい露出とピントの写真が流れる。』


『超ぶさ○くじゃん。』


『どう見ても、小学校でいじめられていたタイプですよね。』

















『だから、どうして選挙するんだろうね』


『野党がへろへろだからでしょう。』


『その腰骨を折りに来るとは、安倍さんってのはやるな。』


みんなの党が解党。』


『小沢さんのところの「生活の党」は、

発足時の未来の党では61議席あったのが、

負けて負けて負け越していまや7議席

その皆さんも、ポロポロ逃げている。』


『民主も過半数を狙える候補者を擁立できない。』


『仮に共産党みたいに300選挙区に候補者を立てたって

みんな共産党なんか大嫌いなので

いつもの議席に収まるだろう。』


『公示日以降にこういうこと書くのは、怖いですけどね。』

















『しかし自民圧勝なんだろうなあ。』


『安倍さんは、「勝敗ラインは過半数だ」とか

いまより20議席減ってもOKだぜっ。とか

予防線を張っているらしいですが。』


『圧勝するつもりにきまってるじゃんよう。』


『結果が見えているレースってつまんないですよねえ。』


『うーん…』

















『12月14日が、投開票でしょう。』


『また、テレビでは選挙特番をやるんだろうなあ。』


『ええ…』


『でも今回は、瞬殺で「自民圧勝」だろう。視聴者見ねえぞ。』


『午後8時の放送開始とともに、どわわわーと自民党が

議席を占有していく様子が現れてくるんです。』


『あの出口調査ってすごいつまんないよね。』


『まあ、面白い必要もないとは思いますが。』


『うーん…』


『うーん…』












『すごい投げやりな選挙速報をやる。』


『はい?』


『もう、池上彰がテーブルの上に足を投げ出して 

「あー、いい勝負でしたねえ。」とか言って、

酒を煽りながら、野沢菜食ってる。』


『なんで野沢菜?』


『いや。長野出身らしいから。』


『テレ東だったら、やりかねない、という気がして

どきどきします。』


『…結果がわかってるもんなあ…』































では、『今日の「結果の見えているもの」。』












指揮をしている Chili Klausという、唐がらし屋のおっさんが 

デンマーク国立オーケストラ室内管弦楽団と演奏している。


それはいいんだけど演奏の途中で、このおっさんが持ってきた

『世界一辛い唐辛子』を丸ごと一個食わされる。


たちまちみんな真っ赤になって、涙が出て汗が出て 

それでも演奏を止めないところはすごい。


演奏が終ると、みんな洗面所に行くんだけどな。






『仕掛けたうえで結果が見えてる。』って 

こういうことじゃないのかなあ。







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2014年11月22日 (土)

ブラジル人がポルトガル語を話す理由(再)

11月22日は、ポルトガルの、ヴァスコ・ダ・ガマが、

喜望峰を回った日。

喜望峰自体は、1488年に、

バルトロメオ・ディアスという人が 回っているのだが、

この人は船員の反乱にあって、目の前のインド洋を見て

再び引き返す。





そのことが、表題のブラジル・ポルトガル語の起源に

なっている、というお話。






ブラジルがイギリスを抜いて

『世界第6位』の経済大国になる、というニュース。 

(読売の記事)




   

近い将来、仏独も抜いて米日中に続く

世界4番目の経済大国になるのだ、という。




















 

ブラジルというと、南米にあって人口2億人。

外資を積極的に導入して経済も元気。  

来年にはサッカーのワールドカップも開かれるし

2016年には、夏のオリンピックもある。




 

1964年の東京、1988年のソウル、2008年の北京、と

『夏のオリンピック』は『先進国クラブ』への仲間入りだ。

だけど、公用語はポルトガル語。


 

なんで?

ブラジルがポルトガルの植民地だったから、というのでは

回答として30点だ。



 

あんな国の言葉がなぜ、2億人の公用語なのか?

ポルトガル語を母国語とするひとは地球で7番目も

たくさんいるのだが、9割がブラジル人だ。



 

もう、『ポルトガル』語じゃなくて

『ブラジル』語で良さそうなものだが、何故? 

というのが、今日のお話。
























ブラジルはポルトガルの植民地だった、というのは事実。

ポルトガルは海上貿易に熱心で

たくさん冒険隊を出して喜望峰を発見。 

そこで、バスコ・ダ・ガマをインドに送り出して

胡椒を手に入れようとした。



 

ところが、ガマは馬鹿だったので

くそ暑いインドに持って行ったのは毛織物。

インド人がセーターなんか着るはずはないのであって、

鼻で笑われたガマは、2度目の航海で

山ほど鉄砲を積んでいった。

売るためではない。

征服するためだ。







ヨーロッパとアジアのゆがんだ関係は

この時代から始まる。

 

ポルトガルはインドのゴアを占領し、

航路の要地に砦を築いてパトロール船を派遣し、

『カルタス』と呼ばれる通行証を持たない船を取り締まる。

ポルトガルはインド航路を独占した。













 

そうなると他の国は不満だ。


 

スペインは、コロンブスを西に向けて送った。

インドに行けるんじゃないか、と 


こいつもあんまり利口じゃなかった。

だって、『地球が球』であるという前提で航海するなら、

コロンブスの時代でも大体地球の直径はわかる。

しかし到達したカリブ海の島々は、

地球半周分くらいインドに届かなかった。


とりあえず、アメリカを発見、したのはいいとして。

終生、自分が『発見』した土地がインドであると信じていたあたり

何考えてるんだ?お前。












しかし『発見』された土地は魅力で、

それじゃあ俺も、ということでポルトガルを始め、他の国も殺到。

 

『駄目だ、駄目だ。俺が先に見つけたんだもんね。』

スペインがローマ教皇に訴える。

この時の法王が、いい加減な奴で

『そんなら、地球の東半分はポルトガル、

西半分はスペインのものとしたらどうじゃろう。』と

日本人からしたら、いい面の皮の

トルデリシャス条約なんてのを作った。



 

従って、日本に最初に来た南蛮人は

てっぺん禿のポルトガル人、ザビエルだったりするのである。















ところが、このトルデリシャス条約には抜け穴があって、

『境界線』がほんのちょっとだけ、ブラジルにかかる。

 

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さらに、ポルトガル人のカブラル、というおっさんが

すでにブラジルに到達していた。

『じゃあ、ここは俺のもんだかんね。』と、

ポルトガル人が入植し始めた。

 

その後、フランスやオランダとの間で、

あれこれ戦争があるのだが17世紀には

ポルトガルの支配が確立。







   

更にポルトガル本国では、

王様が無茶なモロッコ侵略をやって戦死。

大叔父のスペイン王がポルトガル王を兼ねる。

中南米は全て1580年から60年間、事実上スペイン領となり

トルデリジャス条約の意味は薄れる。

 

この時期、ポルトガル管区の宣教師や奴隷商人が

大河を遡って、積極的に奥地に入った。 

バンデイラと呼ばれる、この探検行で、

ブラジルはトルデリジャス条約の国境ラインを越える。 


 

さらに、ジャングルの奥地に行くには船しかない。

ポルトガルが占領したベレン、という街に大河が流れ込んでくる。


『じゃあ、この川の流域は俺のもんだからねっ。』
と、

さかのぼっていったら、そこは

ピンクのイルカはいるわ、ピラニアはいるわ

『うわあ、気持ち悪い。』と思ったが

その大河はアマゾン川であったので

流域全部あわせると、

とんでもないことになった。







 

ポルトガル人は、同じ事をラプラタ川でもやっているので

あのでかい国が出来た。



  

これがブラジルの始まり。

 

 

 

ブラジル大使館の人の目にとまったら

抹殺されかねない『建国物語』だが、

薄目でぼんやり見たら、そんなに嘘は言っていない。


しかし、これでは

ブラジルがポルトガル領になった説明にはなっても

ブラジル人がポルトガル語を話す理由にはならない。

母国に力がないと、

いかに支配者として偉そうにしていても

その言葉は定着しない








 

朝鮮半島で、若い人が日本語を使うようになったのはごく最近だ。

日本語を流暢に扱うグンソク君なんて

ソウルオリンピック以前であれば非国民だったはずだ。


 

現にポルトガル領だったインドのゴアで

ポルトガル語を使う人なんて1割もいない。 

きちんと歴史のある母国語があれば、

植民地を支配する奴の言葉なんか使わない。

独立する時点で、ブラジルには、

土着語を持つ民族がいなかったのだ。









 

『未開だった』という意味ではない。

ヨーロッパ人が入ってくると、

こいつらが持ち込んだ伝染病のおかげで

現地で高い文明を築いていたインディオは

ばたばたと死んでしまう。



 

代わりに、インディオはヨーロッパ人に梅毒をうつしてやって

ざまあみろだが、とにかく病気のおかげで

部族によっては9割以上が死んだ。

こうなると植民地が維持できないので、ポルトガルは、

先ほどのパンデイラで奥地から奴隷をさらってくると同時に

アフリカから黒人奴隷を連れてくる。

 

砂糖、金、ダイヤ、コーヒー。

ブラジルは宝の国だった。

人手はいくらでも必要だった。

ポルトガル人は混血を厭わない。

インディオや黒人とパコパコやる。

ここがイギリスやフランスの連中と違う。


 

もちろんイギリス人が植民地の女をレディとして

扱ったはずはなくて、やっぱりパコパコやりまくるのだが

ラテン系の連中は、混血児も『マイファミリー』と包容する。


 

ここだけは、ポルトガルを褒めてやっていいと思うのだが、

おかげで、あの国は白黒抹茶ポポイノポイと

民族の祭典のようになってしまった。









 

こうなると、みんな自分のルーツがわからない。

隣のひとはもっとわからない。 

しかたなく使ったのがポルトガル語。


 

共通語はそれしかなかったからだ。









 

ブラジル人がポルトガル語を話す理由、でした。

だから、ポルトガル大使館のひとに知られたら

ただではすまないと思うのだが

心の目で読めば、

そんなに怒ることないじゃない。


















中国にマカオという町があって、

かつてポルトガルの植民地で、カジノの町だ。


 

橋下さんが、『マカオを見習え。』と

大阪にカジノを作ろうとしている。

別にカジノでも何でもかまわないが

『マカオを見習え。』というのは歴史を知らなさすぎる。 

あの人の年齢からして

返還前のマカオを知らないのだろう。

それはもう、ひどい町だった。



 

マカオなんて、香港の観光客が

半日ツアーでカジノと買春に来る町だったのだ。 

しかも80年代であれば、

中共の連中はまだ貧乏だから来やしない。


 

外国の観光客の、そのまたおこぼれで

世界最高の人口密度を養っていたのだ。

そんな街になりたいか?



 

なりたければ、俺は有権者じゃないからどうでもいいが

そんなことより、あの街の連中が

いま、猛烈な勢いでポルトガル語を勉強しだしている。

ブラジルが急成長したからだ。



  

ポルトガル本国に魅力がないから、

返還直後にマカオ人はポルトガル語を捨てた。















ところが、いまポルトガル本国は

相変わらずPIGS魅力がないがブラジルがすごい。 

利にさとい中国人は、

猛烈な勢いでポルトガル語を勉強しだしているという。

見習うなら、そっちを見習ったらどうだ?




おれはもう勉強なんか嫌だけどね。






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2014年10月15日 (水)

お久しぶりでございます

『一週間ぶりですな。』


『なのに、いろんなことがございましたなあ。』







『ノーベル平和賞は、「イスラム圏でも女子教育を」と

訴えた、パキスタンの少女が受賞。』


『ちぇー、1円取り損ねたかあ。』








『御嶽山の噴火。』


『元衆議院議長、社会党委員長、土井たか子さんの死去

というニュースも。』


               
                 

00000000000000000000000000000000000




山が動いた











『やめろっ。』


『ぶー…』


『この組み合わせは、ニュースに接した世界中の間抜けが 

瞬時に思いついたはずです。』


『じゃあ、なんで出ないのさ。』


『皆さん良識があるからですよ。 

死者50人以上。まだ行方不明の方がいるんですぞ?』


『山頂から石膏流して固めちまえ…』


『やめろっ。』






















『もう一つこの、26歳の北大生が

東京の古本屋に貼ってあったチラシを見て、シリア経由で

イスラム国の傭兵になろうとした、というニュース。』


『なんか文字に起こすとめくるめく頭の悪さですね。』


『この26の北大生が、何浪か何留か知らんけど、

下宿先ではうっとうしいおっさんだったんだろうなあ…』

(毎日新聞の記事へのリンク)


『まあ、イスラム国という不思議な存在については稿を改めて

書きたいですね。』


『しかし「古本屋の貼り紙」で連絡が取れる

というあたりが、ぐっときた。』


『江戸川乱歩な、戦前の匂いがしますねえ。』



























では、『今日の募集広告』












                    

000000000000000000000000000000000_3




























勤務地:シリア

職 種:警備員

備 考;思想チェックあり。

     暴力に耐性がある方

詳細:店番まで。






こわいよー。



しかし、こんなカジュアルでゴルゴ13式の

『G13型トラクター、至急求む。』なんていう

新聞広告みたいな方式がいまでもあるのか…


チラシを止めてあるセロテープがファンシーなのもこわいよー。


ゴルゴの方が防諜としては強いけどな。






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2014年9月17日 (水)

ダライ・ラマ14世のリ・インカネーション

ダライラマ14世が、自らの後継問題について

『伝統である輪廻転生方式を採らない。』と宣言して、

中国がすげー怒ってる、というニュース。

(産経ニュースの記事へのリンク)






ダライラマ14世というのはチベット仏教の最高権威者であり

チベット亡命政府の元首である。

(ダライラマ14世のHPへのリンク-英語-)









そしてこのチベット問題というのが 死ぬほどややこしい。


以前チベットについても書いたことがあるんで

リンクしておこう。(中国国境紛争史)








清朝が滅びるまで、
 

チベットは実質的に中国の支配を受けていなかった。


だから、清朝が滅んだ時に『独立』を宣言するのだが

これはイギリスの逆鱗に触れた。


イギリスは『清朝の遺産整理』ということで 

『シムラ会議』というのを開き 

チベットを狙うロシアには、

モンゴルに対する優越権を認める一方 

チベットに関しては、南京政府の宗主権を認め、 

『高度な自治権』を認めた。


インドの維持に汲々としていたイギリスは、

ヒマラヤのむこうでもめ事を起こしてほしくなかったのだ。

清朝時代と同じようにチベット政府が自治すればいい。


と、恩を売ったように見せて、もちろんイギリスのことだから、

国境線なんかでは『マクマホンライン』を引いて

『実』をとっている。







この『高度な自治権』をめぐっての争いが、

ダライラマ14世の前半生である。 


といっても、ここまでは怒られないだろう。





ダライラマ、というのは

チベット宗教における最高権威者の称号。

1959年の亡命までは、政治的にも実質的な指導者の地位にあり、

亡命政府ができると2011年までは、

そこでも『元首』の称号を保った。

2014年現在は、『チベット国民の守護者にして保護者であり、

チベット人のアイデンティティと統合の象徴である』

という人になっている。





ただし、この称号の継承者の選択方法は

日本人から見ると変わっており、

今回のトラブルのもとになっているのも

『ダライラマは転生する。』という建前があるから。


そんな、リ・インカネーションなことを言われてもと思うのだが

14世は3歳の時に、先代の遺骸が眠る地を指し示し、

先代が愛用した食器などの什器を並べ、

横に精巧な偽物を並べて、選ばせる、という「試験」を受ける。


うわあ、嫌味なことするなあ。とおもうが 

いまのダライラマ14世ことラモ少年は

偽もんの食器を『きゃー』とか言って投げ飛ばし、 たかどうかは

知らないが、3歳の時にこの試験を突破。

めでたくダライラマ、となった。






彼は、当初中国と争う気はなかった、と思う。

蒋介石の国民党政権は根性がなかったので

チベットまで、実効支配を及ぼすことはなかったからでもある。


ところが、1950年に大陸での闘争に勝った毛沢東が

チベットに侵攻してくる。


これではかなわない。

1950年の中共軍は装備も士気も劣弱なのだが

10万人いれば10万挺の自動小銃がある。


ダライラマは面従する。

共産党主催の翼賛選挙に投票する映像が残っていたりする。






ただ、ダライラマは

『主権国家としてのチベット』はシムラ会議で否定された以上、

独立は国際社会の同意を得られないことを知っていた。


そうであれば、『高度な自治権』を確保することが 

闘争の眼目になるわけだが、それが適用される 

地理的範囲というのはどこまでか ということを曖昧にしたまま

1950年に中共軍が、チベットの首都ラサに侵攻してくる

チベットは屈辱的な条件をのまされて、いったんは妥協する。


しかし、それが破綻して闘争が起こったのがチベット動乱。


『高度な自治権』を保証されなかった、

チベットの北半分と東部西部って全部じゃん。

つまり全土で反中行動が起こり、即座に中共軍が介入。


さらに、『本当の中核地区』であるはずの

チベット南部にまで侵攻してきやがって、ということで

ラサにいた、ダライラマ14世も生命の危険を覚える。


そこで、彼は数十万のチベット人とともにヒマラヤを越えて 

インドに亡命し、インド北部に「チベット亡命政府」をつくった。

これが1959年。











さて、これがダライラマの壮大な賭けだった

と見てはいけないだろうか。


というのが、今日のお話。



だって、彼がチベットを出たら、

チベット人の後継者を探せない以上、

『彼の寿命が、チベット亡命政府の寿命』である。


『ダライラマ』という名跡が世襲でも、選挙によってでもなく

『転生』によって担保されるとしたら

1959年のチベットからの脱出は、

『生命をかけたチキンレース』だったのではないか?


とか書くと、うちの近所にひしひしと(自粛)















『亡命政府』と、さっきリンクしたダライラマ法王日本代表部

にも書いてあるんだけど、そもそも『亡命前』のチベットを

独立国として外交的に承認していた国はなかった。


さらに、1959年のダライラマのインド越境を

中国政府はもとより、受け入れたインド政府も

『政治亡命』とは認めなかった。


だから、彼が主宰するチベット亡命政府を承認している国は

インドも、日本もふくめて存在しない。



『国家って何だ?』っていう話である。








チベット蜂起への中共軍の弾圧から、彼が身を引いたのは

彼自身の安全のためもあっただろうが、

ダライラマという存在がチベット国内にいることで

これ以上起こるであろう、虐殺や略奪を防ぐためだったんだろう。

聖下の深慮を忖度してはいけないが。


そして、国際社会に中国の非道を訴えることで

中国国内にてんこ盛りにある民族紛争のなかでも

一頭、地を抜きんでる認知度を得させることだったのではないか?

だから、聖下の深慮を忖度するなってば。


もっともこれは成功し、

ダライ・ラマ14世は1989年にノーベル平和賞を受賞している。

もちろん、顕彰が目的ではないのは明らかで

『チベット問題』を、世界ニュースの舞台に上げた。







彼の『インド行き』を、ようインド政府も認めたなあ。

実際、これ以降中国とインドの外交関係は決定的に悪化し

1962年には、中国軍がカシミール地方になだれ込んできて

いまだに撤収していない。

(Wikipedia中印国境紛争)






そして、やっと今日の本題だ。






あ、まだ前振りっすよ。

ここまで書くのに四日以上かかってんだい。


何百頁の無駄な文章を読んできたことか…

一文にもならないのに…


でも、前、後編くらいに分けるか?






では、後編

『それなら、ダライラマのチキンレースの相手とは?

「共産党中国」がリ・インカーネーションにこだわる理由はなんだ?

「消されたもう一人のラマ」、とは?

いっそのこと、ワールドワイドに

ダライラマ探したらいいじゃん。』




お楽しみにっ。

ああっ、だからうちの近所に(自粛)








スコットランド独立の話とかも書きたいのになー。





























では、『今日の赤ちゃん』







この中に、ダライラマの生まれ変わりがいますって

言われたとして、わかりますか?




目黒雅叙園っすね。




あきちゃんと、もえちゃんかわいー。

ぺたぺた歩くんだ。


            
         

 

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